2 電力不足
北朝鮮の鉄道の八割は電化されている(注2)。このため、電力供給が不安定になると、すぐに運行に支障が出る。停電によって、列車が途中で止まるのは当たり前。場合によっては、数日間、まったく動かず車両に閉じ込められてしまうこともあるという。

最近の例を一つ。北部両江道恵山(ヘサン)市に住む取材協力者のチェ・ギョンオク氏によると、「一列車」「二列車」と呼ばれる、恵山市と平壌市を東海岸経由で結ぶ列車区間では二〇一一年三月中旬時点で、通常二二時間の所要時間が五日から六日もかかるとのことだ。また、「三列車」「四列車」と呼ばれる、慈江道の満浦市を経由し、恵山と平壌を結ぶ路線でも、通常二三時間のところ、到着までに四日が必要だという。

一方で人と物の移動は「苦難の行軍」期から増大の一途であった。経済破綻と社会パニックによって、食糧配給が北朝鮮全域でほとんど途絶、二〇〇万とも三〇〇万ともいわれる人が餓死する中で、人々は商売行為によって延命を図ろうとした。配給途絶になった都市部の労働者のもとに農村から食糧が運ばれ、代わりに鍋釜や衣類、日用雑貨が農村にもたらされた。九〇年代後半、商売目的で移動する人々は、麻痺状態の列車に頼るしかなかった。
「車内に乗り込む場所がないので、どの列車でも屋根の上や連結器に人が乗っていた。落ちて死ぬ人、電線に触れて感電死する人が後を絶たなかった」
とは、内部記者のリ・ジュンはじめ多くの人に共通する証言である。

北朝鮮式社会主義計画経済の破綻と同時進行で、商売行為をする人は増え続ける一方だった。何とか現金を作ろうと、人は遠くに出掛け、多くの物を運ぼうとした。運輸の需要がかつてないほど急増したわけである。しかし、交通の大動脈の鉄道は麻痺が続いている。需要があるところには、供給が生まれるのが市場経済の常。九〇年代後半、日本の中古自転車が大量に輸入されて瞬く間に北朝鮮中で普及したのも、短距離の移動と運搬に非常に便利だったからである。そして、さらにトラックやバスを使った、中長距離を移動するための新しい「公共交通機関」が生まれ、どんどん発達していくことになるのだ。
第8回>>>
注1 韓国統計庁と韓国鉄道公社の発表による。統計値は二〇〇九年。
注2 同前注。
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