一般人が通行証なしでは行くことができない地域はあったが、このようなエリアは国境地域、軍事基地や軍事施設のみだった。例外地域も数多かったが、一般的な居住地域への制限はなかった。ソ連国民は、国内旅行を気兼ねなく出来た。長期滞在や移住には国家が統制したが、短期旅行は民主国家と同じくらいに自由だった。

逆説的に、ソ連体制が崩壊した原因はこの自由にあったといえる。ソ連政府が北朝鮮レベルで統制していれば、ソ連という国家は今も存在していただろう。
もちろん、ソ連崩壊を引き起こした一番の理由は、国家社会主義が引き起こした経済問題と非効率性である。しかし、ソ連で他国の情報との接触が制限されていたなら、先述の問題点がどれほど深刻かを理解出来なかったであろう。

また、このような社会雰囲気の中で、ソ連国民は多くの横の繋がりを結ぶ事が出来た。非政治的な活動を通じて多くの関係が生まれ、1980年代のこのような環境は反共運動の確かな基盤となった。ソ連崩壊を後悔している人々は社会主義への郷愁ではなく、失われた超大国という地位に対してである。人々は、旧ソ・共産党の穏健的な路線に対してそれほどまでに悪い印象を持っていない。
 アンドレイ・ランコフ
旧ソ連のレニングラード生まれ。金日成総合大学に留学、現在、韓国国民大学教授
(デイリーNK )

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