スターリン以降、ソ連国民は当局者を恐ろしいと思わなかった、共産党の政治路線を自由に批判する事が出来たとは言えない。しかし、酒の席で共産党や社会主義制度に対する軽いジョークは問題ならなかった。体制に批判的な考え方を持っていることが知れると出世に響き、色々と家族にも迷惑がかかるため、党幹部や役人、警察官らは発言に注意をする必要があった。

また、公開的な反政府活動も不可能だった。友達同士で酒の席で共産党総書記や高級幹部を批判したり、資本主義国を称賛することは、一般人なら危険ではなかった。しかし、この様な話を事務所で公開的に発言したり、デモなどの政治行為を行うと大きな問題となった。それにも関わらず、1960-1970年代のソ連は北より非常に自由な国だと言うことができる。

もう一つの特徴は、海外の情報に接触する方法である。北では住民が技術的なガイドではない、外国の出版物を手にする事は出来ない。ソ連でも、共産主義思想やソ連を批判する海外の書籍は一般人が手にすることは出来なかった。しかし、反共思想でない本なら書店で買うことも図書館で閲覧することも出来た。1960~1970年代のソ連では、外国から輸入された全書籍は検査を受けたが、ほとんどの場合は問題視されることはなかった。

ラジオは最も代表的な事例だと言える。北では固定周波数受信ラジオだけが、合法的に所有することができる。北住民が海外放送受信が発覚すれば、政治犯となる。 1960年代以降のソ連はというと、ソ連ではド田舎でも性能の良い短波ラジオを購入することが出来た。海外の放送も合法的に聞くことが出来た。
国内旅行も特に制限はなかった。
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