「ジュエ」とされる金正恩氏の娘。独裁者の地位を引き継がされるのか。労働新聞より

連載の最後に書いておきたいのは、金正恩の娘の登場についてである。韓国当局が名を「キム・ジュエ」と推測しているまだ11歳ほどの少女(2013年生説がある)が、初めて公の場に姿を現したのは2022年11月18日。金正恩が長距離弾道ミサイルの発射実験の現地視察に同行させた。

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◆「ジュエ」に脚光…露骨な国営メディアの演出

「ジュエ」が再登場したのは23年2月8日に盛大に挙行された閲兵式だった。その模様は朝鮮中央テレビで2時間にわたって録画放送されたが、貴賓席で金正恩と並んでパレードを観覧するこの少女は、あたかも主役のように映し出されていた。映像のカメラワークや編集は、明らかに「ジュエ」の存在を際立たせようと演出されたものだった。

フレームの中央から視線をまっすぐ向ける「ジュエ」。国営メディアは明らかに娘に脚光を浴びさせる演出をしている。2023年2月の朝鮮中央テレビの映像より。

 

◆「白頭の血統を決死保衛」が人民軍の任務になった

この時の閲兵式でもう一つ刮目したのは、「白頭の血統を決死保衛しよう」というスローガンである。「白頭の血統」とは、金日成が朝中の境界に聳える白頭山麓の一帯で抗日ゲリラ活動をしたことにちなんで、正日-正恩と続く金一族のことを指す。

隊列をなした兵士たちはこのスローガンを叫び、プラカードを振った。朝鮮人民軍の任務は、朝鮮革命と国を守ることだけでなく、金一族を命を懸けて守ることだとの新しいプロバガンダの始まりであった。

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閲兵式で「白頭の血統を決死保衛しよう」というスローガンを叫ぶ朝鮮人民軍兵士。2023年2月の朝鮮中央テレビの映像より。
朝鮮人民軍のスローガンに「白頭の血統を決死保衛せよ」が初めて登場。金一族を命懸けで守ることが軍の任務になった。2023年2月の朝鮮中央テレビ画面より引用。

 

◆最高綱領に書かれた白頭の血統の純潔性

朝鮮労働党、そして北朝鮮国家と社会の最高綱領とは何か? それは労働党規約でも憲法でもない。「党の唯一的領導体系確立の10大原則」(10大原則)である。

これは、金日成-金正日時代の「党の唯一思想体系確立の10大原則」を、金正恩時代に合わせて2013年6月に改訂したものだ。全国民と全組織に、金正恩に対して命懸けで絶対忠誠、絶対服従することを求める内容だ。

新しく改定された「10大原則」には、権力世襲を永続化させていく意思と野望が刻まれていた。一部を抜粋しよう。

「党の唯一的領導体系を築く事業を絶えず深化させ、代を継いで続けていかなければならない」

「我が党と革命の命脈を白頭の血統で永遠に保ち、主体の革命伝統を絶え間なく継承発展させ、その純潔性を徹底的に固守しなければならない」

北朝鮮における指導者は、永遠に金一族の血統を持つ者でなければならないと明文化したのである。

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◆「ジュエ」に国営メディアが敬語

娘の登場はその後も続く。8月29日の海軍司令部訪問では、最高級将校たちが立ち並んで「ジュエ」を出迎えた。9月9日の建国75周年記念の式典を伝える記事では「敬愛する金正恩同志が尊敬するお子様をお連れして…」と敬語が使われた。

24年3月16日に朝鮮中央テレビで放送された番組では、重要行事に「ジュエ」を伴った金正恩に対して、「嚮導(きょうどう)の偉大な方々が、党や政府・軍部の幹部たちとともに温室農場を見て回られた」とナレーションが付された。

嚮導とは、「先に立って案内すること。また、その人」という意味だ。複数形で表されたが、ジュエが、将来、国や社会を導く役割に就く可能性を示唆したと見ることができるだろう。

現時点で、「ジュエ」が後継者だと断定するのは尚早かもしれない。金正恩体制の狙いは、まだ年端の行かぬ娘に脚光を浴びさせることで、「金王朝」を継ぐ次世代の存在を内外に印象付けることなのではないか。

血統による統治の永続化を目論む金正恩が、世襲後継を可視化する作業に入ったものと、私は見ている。

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◆人民に犠牲強いる統制強化は4代世襲のためか

パンデミックの4年と「ジュエ」登場を振り返ると、ミサイル技術のたゆみなき高度化も、中国との国境の徹底封鎖も、徹底した「反市場」への政策転換も、そして公開処刑再開に象徴される住民統制の強化策も、4代世襲のための準備だったのではないかと思えてくる。

40歳になった金正恩が、国を次代に譲るために(「ジュエ」かもしれない)、強力な統治体系を、国際情勢や対南関係、自身の弱点をよく省察したうえで再構築する作業を本格化させたのではないかと、筆者は見ている。

そうであれば、人民の命は鴻毛より軽しというしかない。なぜなら、「ジュエ」の登場と前後して、地方都市では多くの住民が病と飢えで命を落とす惨状を呈しており、その原因がまさに統制強化と「反市場」への政策転換にあったからだ。

有刺鉄線の補強と鴨緑江の堤防工事に動員された都市住民。無報酬労働が住民の暮らしをさらに圧迫する。平安北道を2021年7月中旬に中国側から撮影アジアプレス

 

◆落ち着いた飢餓が3月から再燃

23年の春から夏にかけて発生した深刻な人道危機は、いったん9月後半から改善が見られるようになった。ジャガイモやトウモロコシの収穫が順調で、住民たちは一息付けたのだ。

しかし、2024年3月後半から、また各地で餓死者が発生し始めているとの報告が続いている。日韓のメディアのほとんどが、数年来続いている北朝鮮の深刻な人道危機について、死角に光を当てるというジャーナリズムの役割を十分に果たせていないことが残念でならない。隣国の民の安寧を祈りたい。(了、敬称略)

 

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