かつて自己のアイデンティティに悩んだリ・ハナさん。今は「一人の在日に戻った感じです」と軽やかに話す。写真:金慧林

 

◆私たちのことを知ってほしい
:脱北者という立場から、ハナさんが在日朝鮮人社会に望むことはありますか?
:それは日本社会に対する思いとあまり変わりません。在日コリアンといっても、民団もあれば朝鮮総連もあり、様々な世代の人が、様々な場所で暮らしているので、ひとくくりには出来ません。ただ、北朝鮮からの脱北者が日本に来ていることを知らない在日コリアンも多くて、少し寂しく思いました。

日本に来ている脱北者は、在日朝鮮人の歴史がもたらした産物です。朝鮮総連と日本社会が諸手を挙げて推進したあの帰国事業がなかったならば、日本に来る脱北者などいなかったはずです。

なぜ北朝鮮に渡った「元在日」が、脱北者となって日本にやってくることになったのか、その悲しい経緯を想像し、考えてもらえるきっかけになればと思います。

私たちの今の思い、暮らしを、イメージしてほしいですね。権利や立場をどうこうしてほしいというのではなく、私たちの存在を知って、理解してほしい。それは日本社会に対しても、在日コリアンに対しても願っていることです。
(続く)
【リ・ハナさん】
1980年代半ば、北朝鮮北西部の都市で生まれる。 両親は日本からの「帰国事業」で北朝鮮に渡った在日朝鮮人2世。中国に脱出後、2005年日本に。日本入りした脱北者として初めて大学に入学。今年3月卒業した。近著に「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」
※在日朝鮮人の北朝鮮帰国事業
1959年から1984年までに9万3000人あまりの在日朝鮮人と日本人家族が、日朝赤十字社間で結ばれた帰還協定に基づいて北朝鮮に永住帰国した。その数は当時の在日朝鮮人の7.5人に1人に及んだ。背景には、日本社会の厳しい朝鮮人差別と貧困があったこと、南北朝鮮の対立下、社会主義の優越性を誇示・宣伝するために、北朝鮮政府と在日朝鮮総連が、北朝鮮を「地上の楽園」と宣伝して、積極的に在日の帰国を組織したことがある。朝鮮人を祖国に帰すのは人道的措置だとして、自民党から共産党までのほぼすべての政党、地方自治体、労組、知識人、マスメディアも積極的にこれを支援した。

書籍「日本に生きる北朝鮮人 リ・ハナの一歩一歩」の詳細

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