◆ ひと握りの権力者の手に
国家安全保障会議を設置するということは、つきつめれば、米国に従って戦争をする決断の場を整えることにつながる。それは前出の『ブッシュの戦争』に出てくるような会話がそこで交わされ、他国の人びとに流血と死を強いるパワーが、ひと握りの日本政府の権力者の手にゆだねられることを意味する。

ブッシュ前大統領をはじめ歴代の米国大統領が、「正義、平和、自由、民主主義」などのレトリックを用い、戦争の決断を述べるときの、あの全能感に酔ったかのような口ぶり、表情を想起してほしい。近頃、「積極的平和主義」といった怪しげな語句を操りだした安倍首相の言動に、それが二重写しになると言ったら言い過ぎだろうか。

米国民の多くは、「テロや大量破壊兵器の脅威から米国を守るため」だと、アフガニスタン攻撃やイラク戦争を支持した。自分たちの安全のためには、他国の人びとが犠牲になってもやむをえないという発想が、その根底にあり、まさにそれが大統領の戦争の決断を支えている。
そんな米国の真似をして、「それが戦争だ」と指導者が大見得を切り、国民が支持する、プチ・アメリカのような国になっていいのか。歴史の転換点を指し示す問いが、いま日本人の目に前にある。

【吉田敏浩プロフィール】
1957年生まれ。ジャーナリスト。アジアプレス所属。ビルマ(ミャンマー)の少数民族の自治権闘争と生活・文化を取材した『森の回廊』で大宅壮一ノン フィクション賞を受賞。近年は戦争のできる国に変わるおそれのある日本の現状を取材。著書に、『密約 日米地位協定と米兵犯罪』『赤紙と徴兵』『沖縄 日 本で最も戦場に近い場所』『ルポ 戦争協力拒否』『反空爆の思想』など。
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