◇「伝える営み」はマスメディアの特権ではない
隠蔽と遮断が強権国家の特性
権力による情報統制には、大きく分けて二つのやり方がある。一つは「隠蔽」、もうひとつは「遮断」である。
前者は秘密を作って目に触れぬよう制度的に隠してしまうこと。後者は、都合の悪い事実が広まらぬよう伝達に規制や圧力をかけることだ。報道の立場から言えば情報へのアクセス=インプットと、発信=アウトプットへの統制だと言うことができる。

古今東西、強権的で非民主的な体制ほど、多くの隠し事を持ち、伝えよう、拡めようとする者を叩いてきた。戦前の日本がそうであったことは言を俟たない。
筆者は長く中国や北朝鮮を取材してきた。共に社会主義を標榜する一党独裁体制である。国民に対する情報統制という面で言えば、両国とも「隠蔽」と「遮断」だらけの強権国家である。

中国では、党や行政の幹部や、その家族の収入など知る由もない。あらゆる新聞、雑誌、放送、映画、書籍は共産党の中央宣伝部が検閲・監視している。ツイッターもフェイスブックもユーチューブも利用することができない。なぜか。中国当局が、自ら統制することのできないメディアの存在を許さないからだ。

北朝鮮では、権力者のなすことは何から何まで隠蔽されている。金正恩氏の年齢、家族構成すら国民は知らされていない。金氏一族の噂話を口にしただけで政治犯罪に問われるし、路地裏の露天市場を写した写真や映像を国外にもたらすことすら国家機密の漏洩として罰せられる。強権体制が「隠蔽」と「遮断」を徹底している典型例である。

この度の「特定秘密保護法」を見る限り、安倍政権が日本を動かそうとしているベクトルは、世界の強権体制が向いている方向と同じだと言わざるを得ない。政府はとてつもなく大きな網をかけて、膨大な行政情報を秘密に付そうとしているが、指定される「特定秘密」が、一体何なのかすら、知りようがないというのでは、この法は「隠蔽」することが目的だと言うしかない。
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