◇50キロ超もお手の物 経済の「主体」は今や女性

「国に頼っては生きていけない」。
北朝鮮の庶民が90年代、国家計画経済が崩壊する中で「体得」した生きる知恵である。食糧や生活物資の配給が途絶え、職場の給料では米1キロも買えない状 況に直面した庶民は、商売に活路を見出し生き抜いた。それから約20年。今では全国に流通経済網が出来上がり、多くの人が商行為で生計を立てる。北朝鮮内 部で秘密裏に撮影された写真を元に、庶民の生活事情に迫るシリーズ。今回は大切な運搬道具の巨大リュックを紹介する。(ペク・チャンリョン)

列車に遅れまいと急ぐ女性。ぎっしりと物が詰め込まれた大きなリュックを背負い、両手には布袋を持って走る。2013年10月北部のとある国境都市、撮影 アジアプレス

列車に遅れまいと急ぐ女性。ぎっしりと物が詰め込まれた大きなリュックを背負い、両手には布袋を持って走る。2013年10月北部のとある国境都市、撮影 アジアプレス

 

女性たちが背負う大きなリュック(背嚢)は、北朝鮮のどこでも見られるごく一般的なものである。軽さ、背負い易いかどうかはほとんど考慮されず、ひたすら 容量だけを追求し作られ市場で売られている。50キロを超えるような大荷物を背負い、両手にも荷物を持って動く女性の姿は、北朝鮮では珍しくもなんともな い。

この超大型、大容量のリュック、90年代の「苦難の行軍」と呼ばれる社会大混乱が生み出した発明品といえる。今や自転車と並んで商売する上で欠かせないものになった。当時、多くの女性が「担ぎ屋」として、このリュックと共に全国を駆け巡り、飢餓と貧困を乗り越えたのだ。

大荷物を持った人々でごった返す鉄道駅。手前の年配の女性は前傾姿勢をとって荷物の重さとバランスをとっている。2012年11月平安北道新義州(シニジュ)駅、撮影 アジアプレス

大荷物を持った人々でごった返す鉄道駅。手前の年配の女性は前傾姿勢をとって荷物の重さとバランスをとっている。2012年11月平安北道新義州(シニジュ)駅、撮影 アジアプレス

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