◆ アジアの人びとの視点から描いた戦争文学

このような現状において、日中戦争やアジア・太平洋戦争の歴史、その戦争にいたる日本の植民地支配の歴史を、アジアの人びとの視点から見たら、どう 見えるのか、アジアの視点に映る日本の近現代の姿はどのようなものなのかに、日本人として思いを及ぼすことが、ますます重要になっているのではないでしょ うか。

そうした思いを及ぼすことの手がかりとして、今回は日本の戦争文学の一作品に焦点を当ててみます。

日本の小説で戦争を題材にした作品、いわゆる戦争文学は、これまで多く書かれています。しかし、戦争における人間の生と死を、日本人の視点からではなく、現地のアジアの人びとの視点から描いたものは希有です。

かつて日本陸軍の一兵士として、日中戦争の最前線での戦争体験を持つ作家、富士正晴(1913―1987)の短編小説、「洞窟の中の満月」(『往生 記』創樹社、1972年、所収)はその希有な例であると同時に、戦争文学という枠をこえて、人間は他者の苦しみや死に対していかに痛み悲しみを抱きうるの か、という問題を考えるときのひとつの道標ともなる作品です。
(続く)

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書籍 『検証・法治国家崩壊 ~砂川裁判と日米密約交渉』 (吉田敏浩)