国は2013年1月に発表した生活保護基準の改定に基づき、その年の8月1日、翌年4月1日、そして今年の4月1日と、3回にわたって段階的に保護費を切り下げてきた。
保護費には、家賃に相当する「住宅扶助費」や、「医療扶助費」、「教育扶助費」など、いくつかの給付項目があるが、引き下げられたのは食費など日常生活に 充てる「生活扶助費」。その額は1世帯当たり平均6.5パーセント、最大10パーセントで、総額670億円に上る。(矢野宏/新聞 うずみ火)

◆全国で取り消し求める裁判

こうした引き下げに対し、全国の生活保護利用者たち1万2900人が行政機関に不服を申し立てる審査請求を行った。大阪府下でも1784件を数えたが、審査請求の結果、保護費が増額されることはあり得ない。生活保護基準は厚生労働省によって決定されているからだ。

請求棄却を受けて、佐賀県や和歌山県、滋賀県など全国19道府県で引き下げの取り消しを求める裁判が始まっている。近く東京都でも提訴される予定で、原告数は600人近くなるという。

「生活保護費の切り下げは、『健康で文化的な最低限の生活を営む権利を有する』憲法に反している」

大阪府では51人の受給者が立ち上がった。昨年12月19日、保護費の受給額を決めた府内13市に引き下げ処分の取り消しを求めるとともに、生活保護基準を決定した国に対しても1人あたり1万円の慰謝料を求めている。

生活保護基準引き下げ違憲訴訟、街頭で声を上げる大阪の支援者たち(撮影/矢野宏)

生活保護基準引き下げ違憲訴訟、街頭で声を上げる大阪の支援者たち(撮影/矢野宏)

 

◆ 障がい者の自立支える制度

この日の口頭弁論で、原告の一人である山内さんは「脳性マヒで生まれつき手足が不自由だった」と、自身の生い立ちから語り始めた。

「大学を卒業しても就職口がなく、親と同居するしかなかった。友人に誘われ、福岡から大阪へ出てきたのは40歳のとき。福祉施設の職員になれると思っていたが、就職できず、施設に通うだけ。月の給料が2万円を超えることなく、生活保護を受給することになった」

2005年に頚椎の手術を受けて車いす生活になった山内さんは働くこともできなくなり、ヘルパーの全面介護が欠かせなくなる。

「長年、障がい者は働くことを諦めざるを得なかったが、ようやく運動によって外出することも増えてきた。外出するのもヘルパーさんに同行してもらわ ねばならず、交通費や受講料などが2人分かかる。生活保護費が引き下げられたことで、外出する回数を減らさなくてはいけなくなった。『働かざる者食うべか らず』というのでしょうか。私たち障がい者は仙人ではありません。生活保護制度は、そんな障がい者の自立を支えてくれるもの」

制度の必要性を語ったあと、山内さんは「私たちの後に続く人たちの道を閉ざさないでいただきたい」と訴えた。
(続く)

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