米軍は去ったが、住民は山を下りることを許されなかった。「いわば抑留されたのです」。垣花さんの叔父夫婦は日本軍に虐殺された。叔母の足が悪いため、米軍上陸の際、集落の壕に留まっているところを米軍に保護されたが、「米軍のスパイ」の疑いをかけられた。「住民への見せしめだったのでしょう」

垣花さんが山を降りたのは8月23日。山中の長い「持久戦」は飢餓との闘いだった。餓死者も続出。やせ衰えていく日本兵の姿は軍国少年だった垣花さんを幻滅させた。特に過酷な状況に置かれたのは朝鮮人軍夫だった。壕を掘らされ、閉じ込められた。食事も粗末で差別されていた。逃亡を図ったなどの理由で、わかっているだけでも12人が「処刑」されたという。

それから71年。垣花さんは「日本はいま一番危険な状態」だと案じている。「私たち体験者は、戦争というものはいったん始まったらやめることができないのを知っています。しかしいま、怖い思想を持った人たちが政権を握り、武力を増強し、大事な憲法を変えようとしています。ぞっとします。戦争を知らない若い人たちが右傾化していることも心配です」