教育と医療の無料制度も実質的に破綻。重要な公共財を国民に提供する能力は大幅に失われてしまった。写真は黄海北道の農家の子供。(アジアプレス)

教育と医療の無料制度も実質的に破綻。重要な公共財を国民に提供する能力は大幅に失われてしまった。写真は黄海北道の農家の子供。(アジアプレス)

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◆ガーニの国家の根本的機能10項目と北朝鮮

アシュラフ・ガーニ(Ashraf Ghani)アフガニスタン現大統領らによって提唱された国家の根本的機能10項目(2005)に、北朝鮮の現状に当てはめてみた。行政的支配以外は、国家機能になにがしかの欠陥を持っているというのが筆者の見立てである。北朝鮮を「脆弱国家」と分類する指標の一つと考えてよいだろう。

(1) 治安維持装置の正統な独占              ○~△
(2) 行政的支配                    ○
(3) 公共財政管理                   △
(4) 人材資本への投資                △~×
(5) 市民権と義務の実現                ×
(6) インフラ・サービスの提供             △
(7) 市場の形成                    △
(8) 国家資産(環境や自然資源、文化資源を含む)管理  △
(9) 国際関係(国際契約や対外借入の開始を含む)    △
(10) 法の支配                    △

◆「脆弱国家」への援助には留意が必要

重要なのは、「脆弱国家」は「破綻国家」に転落してしまう可能性を持つ「候補」であり、北朝鮮にもその危険性があるということだ。韓国はもちろん、周辺国が「脆弱国家」北朝鮮に関与・援助していこうとする時に重要なのは、援助の有効性の検討ともに、将来「破綻国家化させない」という点の検討である。

「脆弱国家」北朝鮮に対して支援・援助が必要であるのは、北朝鮮に住む住民の基本的な生活権を支えていくためである。だが支援には有効なものと、脆弱化を進めてしまう逆効果のものがある。国際社会はこの20数年、失敗から教訓を得てきた。一般論で言えば、人道支援や開発援助によって起こりうる憂慮は次のようなものである。

軍事部門が増強されるかもしれない
紛争を助長するかもしれない
政権・官吏の腐敗が進むかもしれない。
独裁統治が強化され人権が脅かされるかもしれない
民主化が停滞するかもしれない
市場化が遅れるかもしれない
援助への依存体質が強まり経済的自立が遅れるかもしれない
国内対立が激しくなるかもしれない
援助が周辺国との平和構築に貢献せず、逆に阻害することになるかもしれない

さらに、北朝鮮の特殊性(とりわけ韓国にとっての)についての考慮が不可欠である。北朝鮮の特殊性は主に次の三点である。

1分断対立している朝鮮半島において、韓国にとっての現実の脅威であること。

2世界に類例のない超閉鎖体制であるため、援助への関与、監視、有効性測定に強い制約があること。

3唯一独裁体制という特異な権力構造のため、合理的判断よりも最高指導者の権威や、金正日時代の統治方法が神聖化されて優先されること。

1-3 「脆弱国家」への援助の流用可能性研究

◆大門による軍事部門への流用のデータ解析

外部からの人道援助、開発援助は、場合によっては、紛争を助長したり、紛争要因そのものになったりすることがある。ここでは、「生産部門や社会福祉目的で投入された援助が軍事部門に漏洩または流用される可能性」、いわゆる「ファンジビリティ」(fungibility= 流用可能性)問題についてみてみたい。

軍事部門の増強と紛争の勃発の因果関係については、研究者の間で必ずしも合意は形成されていないようであるが、大門毅(だいもん・たけし 早稲田大学国際教養学部教授)が整理した統計データが示すところによれば、紛争の勃発頻度と軍事支出の相関関係が確認されている。これまでも「直接的な軍事支援でなくとも、人道・開発支援も軍事化、流用の恐れがある」という漠然とした警告は世界中で発せられてきたが、大門は、開発援助目的で供与された公的資金が、ファジビリティのために非生産部門、とくに軍事部門の支出に流用された可能性をアフリカ諸国のデータ(1980-99年)を用いて実証的に検証、数値化して示した。(表1)

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以下は、大門の研究の概要である。

表1は対アフリカ援助資金のファンジビリティについて以下の示唆を与えている。大門は部門別政府公共支出として教育、保健、エネルギー、農業、交通・通信、及び防衛分野を検討した。

まず第1に,エネルギー・農業に対する1ドルの追加的援助資金はそれぞれ1.04ドル、1.08ドルの追加的防衛予算支出をもたらしているということ、即ちアフリカ諸国に対するエネルギー・農業分野での援助資金が防衛予算として流用された可能性が高いということである。アフリカ諸国は独立以来内戦や国境紛争が絶えないが、援助供与国がそれらの実質的な資金提供者であったとしたら極めて憂慮すべきことである。

他方,教育・保健・運輸分野における援助資金は防衛予算とファンジブルであるという確証は得られなかった。さらに、教育・健康というソフト分野に対する援助資金はアフリカ諸国に関しては比較的ファンジビリティが低いということである。特に保健分野に対する1ドルの追加的援助資金は0.56ドルの追加的保健予算支出をもたらしており、援助の予算効率(つまり当該分野に対する援助が当該分野の公共支出に寄与しているかどうか)の面では望ましい結果となっている。

ハード分野に関しても、エネルギー分野についてはファンジビリティの根拠が見当たらなかった。他方、農業・運輸セクターについては、援助の予算効率が高い(1ドルの追加的援助資金は追加的予算支出を農業セクターで0.23ドル、運輸セクターで0.24ドル)ものの、他の分野への流用可能性も比較的高い。例えば、農業セクターに対する1ドルの追加的援助資金は、エネルギー予算0.30ドル、防衛予算1.08ドルをもたらしている可能性が高い、としている。
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