7月に発生したバングラデシュの首都ダッカのテロ事件。日本人7人を含め20人を殺害した若者たちはどのような人物だったのか? 実行犯の一人の自宅を訪ねた。応対した父親は外資系企業ビジネスマン。部屋には英語で書かれたビジネス書やTOEFLの参考書が残されていた。狼狽する父親が語る息子サミーとは…。国際ジャーナリスト宮崎紀秀の現地報告の二回目。(アイ・アジア)

4歳か5歳頃の実行犯のサミー。(家族提供)

4歳か5歳頃の実行犯のサミー。(家族提供)

◆狼狽する父「失踪したのは2月でした」

実行犯ミール・サミー・ムバシールの父、ハヤトは外資系企業に勤務し、英語が堪能である。日本の被害者の家族にお悔やみを申し上げたい、自分も息子を失っ てショックを受けているのを分かって欲しいなどと心境を吐露した後、身の安全のため顔を写さないという条件でインタビューに応じた。受け答えは英語だっ た。

サミーは、今年2月29日に予備校に行くと家を出て失踪。それから事件を起こすまでの4か月間、行方不明だった。その後の調べで、その日、送りの車から誰かが手配したとみられるリキシャー(人力三輪車)に乗り換えた様子が監視カメラに映っていたという。ハヤトは、失踪の経緯については淡々と説明していた が、話が息子の人柄に及ぶと感情を高ぶらせた。黒く沈んだ瞳に涙が滲んだ。

「彼は静かでおとなしく臆病でした。今は犯罪者かもしれませんが、素晴らしい人物でした。冗談も上手で人間性がすばらしかった」

ハヤトは、携帯電話やアイ・パッドに保存してある息子の写真を見せてくれた。去年の年末に家族で別荘に行った際に自身で撮った写真で、「これが記憶に留めたい息子の姿です」と言った。写真の中のサミーはまだあどけなさを残し、はにかんだような表情をカメラに向けていた。一方、ハヤトは、実行犯として新聞に載っている銃を構えたサミーの写真を指してかぶりを振った。

「銃を持って笑顔の人物は私の息子ではありません。私の息子はおとなしく臆病で良い子です。だからちゃんと銃を持つことができていないでしょう。見てください」
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