◆「安全側」に立ったシミュレーションは実施されず

2013年名古屋市営地下鉄・六番町駅で起きた超高濃度のアスベストが飛散する事故をめぐり2016年12月12日、同市が開催した事故の健康影響を調べる検討会は意見書を発表。この飛散事故によって駅利用者に中皮腫などのがんが増えるリスクは「環境目標値を下回っていた」との“安全宣言”を出した。しかし、安全率がいつの間にかなくなったにもかかわらず説明もない。(井部正之)

2015年6月15日の検討会議事録(名古屋市)には「約5割増しの濃度」でシミュレーションを実施したとの主張が記録されている

2015年6月15日の検討会議事録(名古屋市)には「約5割増しの濃度」でシミュレーションを実施したとの主張が記録されている

事故時の測定データが存在しない「空白の1日半」について、濃度上昇による最悪の想定をしないまま健康リスク評価が実施されたことをこの間報告した。

当初、六番町駅アスベスト飛散にかかる健康対策等検討会(座長:那須民江・中部大学生命健康科学部教授)には駅利用者らの健康リスクを調べるために実施するアスベストの拡散シミュレーションを開始するにあたって、より安全側で実施したいとの意向が一応存在した。しかし、実際には「安全側」に立ったシミュレーションは実施されなかった。

おおよそは本サイトに9月16日付けで掲載した拙稿を参照していただきたいが、記事掲載後の検討会で若干の修正はあったが、結局最悪を想定した評価まではされなかった。

拙稿から少し引用すると、〈2015年6月15日の検討会で市は「健康影響への評価を行うためのシミュレーションであることから、安全側で実施する必要がある」と委員に求められたため、アスベスト濃度の実測値である1リットルあたり700本ではなく、アスベスト以外の繊維も含む総繊維数濃度の同1100本を「仮定濃度」として採用したと説明している。市は「これによりシミュレーションは、実測されたアスベスト濃度より約5割増しの濃度で実施しています」と“安全側”で試算していることを強調する〉

前回報告した「空白の1日半」のようなデータの不在がある場合、通常の検討では濃度が上がった場合も想定したうえで、念のため、さらに濃度を何倍かするなどして「安全率」を設けることが多い。市交通局は濃度上昇は考慮しなかったが、「約5割増し」の安全率を喧伝していた。

〈ちなみにこの「5割増し」との説明だが、じつは一律ではない。もう1つの「仮定濃度」である2013年12月13日午後3時10分から同4時3分までの測定値ではアスベスト濃度は100本/リットルだが、総繊維濃度は110本/リットルであり、1割増しでしかない。最初から「安全側」で「5割増し」との説明は水増しされていた側面がある〉

このように2つしかない重要測定データの一方でさえ安全率の説明と実態にかい離があったのである。
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