イラク北部の大都市モスルは、2年半以上にわたり「イスラム国」(IS)が支配してきた。現在、イラク軍の掃討作戦が続き、東部地域ではISが敗退、政府側に奪還された。モスルがISに制圧されたのは、2014年6月。ISはどのようにイラク第2の大都市を制圧し、住民統治を進めたのか。IS支配下のモスルで暮らし続けたイラク人の大学教員との長編インタビューを連続掲載する。(聞き手:玉本英子・アジアプレス)※2回目からは会員記事になります。

イラク軍のモスル奪還作戦で「イスラム国」(IS)が排除された東側地区を取材。破壊された建物のがれきがひろがり、戦闘の激しさを物語っていた。(モスル・2017年2月末)
イラク第二の都市モスルにはかつて200万人が暮らしていた。IS制圧後、隣のクルド自治区や、バグダッドなどに脱出する住民が相次いだ。一方で高齢者がいる家庭や、経済的な事情などからモスルに留まった市民も少なくない。(IS映像)
2014年6月、ISはモスルを制圧、町を防衛していたイラク軍、警察は武器を置いて敗走。ISは大量の武器や車輌を奪った。さらに銀行の多額の現金も強奪。これらをシリアなどの戦線に振り分け、さらに支配地域を広げていった。(モスル制圧時のIS映像)

 

◆最初はISを歓迎した市民も少なくなかった
サアド・アル・ハヤート氏(47)は、モスル大学で機械工学の指導教員を務めてきた。IS統治下のモスルでの生活や住民から見たISの実態などについて聞いた。
【サアド氏】
忘れもしません。6月5日、木曜日の夜でした。市の東部側から戦闘が始まり、銃声音が鳴り響きました。私たちは家の中に閉じこもっていたので詳しいことは分かりませんが、数日後にイラク軍が敗走、IS戦闘員が勝利を告げたことを知りました。

これまでモスル市民はイラク警察や軍などから嫌がらせや、不当逮捕されるなど、ひどい扱いを受けてきました。その背景は彼らの多くがシーア派だったというのがあります。スンニ派武装勢力の基盤があったモスルでは過激組織メンバーを密かに支援したり、協力を強いられる住民もいたなか、軍や警察は武装組織の支持者や関係者とみなした住民にも酷い仕打ちをしてきました。そのため彼らを追い出してくれたISを歓迎する者は少なからずいました。

私はこれからどうなるのかと、不安な気持ちでいっぱいになりました。たった数日間の戦闘で町のすべてが支配されたのです。悪いことが起きるかもしれないと思いました。ISはイラク軍が置き去りにした銃や車輌、戦車などを接収し、町の統制をし始めました。私は家族とともに、クルド自治区へ逃れました。

サアド・アル・ハヤート氏(47)は親族7人とともにモスル東部地区に居住。モスル大学で指導教員だった。写真はモスル大学とIS戦闘員。(2015年・IS写真)
サアド氏とはモスルがISに制圧される前に知り合い、当初、市内の情報を寄せてもらったが、その後、連絡が途絶えていた。今年1月、市内東部が解放され、再びコンタクトを再開。今回は電話でロングインタビューをした。写真はイラク軍奪還後のモスル大学正門前。(2017年2月末・玉本英子撮影)

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