◆市場で販売される国定教科書

入手した教科書は、北朝鮮国内で実際に使用されていたものと市場で購入したものである。各教科書の奥付を見ると、ほとんどが教育図書出版社で発行されたものだが、住所も連絡先も記されていない。比較的印刷状態も紙質も良いのだが、脱北者の証言によると、同じ教科書でも紙質と印刷が大きく異なるものが使用されているという。

北朝鮮は無償教育制を掲げ、教科書は全生徒に非常に安い国定価格で配布されていた。奥付に価格表示を見ると一〇~四五ウォンほどだ。ちなみに二〇一七年三月時点の実勢交換レートでは、一円=約七五ウォンである。つまり一冊が〇・一三三~〇・六円ということになる。

九〇年代の経済破綻によって、北朝鮮の教科書発行は質的量的に著しく劣化した。筆者が初めて北朝鮮の教科書を見たのは90年代半ば。北朝鮮から中国に越境してきた人から譲り受けたのだが、最悪の社会混乱の最中とはいえ、ここまで紙が粗悪なのかと驚いた。

高級中学1年の物理の教科書は「銀河3」ロケットが飛翔するイラストを表紙にしている。(アジアプレス)

 

灰色のごわごわの馬糞紙で、インクが滲み文字が読み取れないページも多い。そんな低質の教科書ですら生徒への配布が困難になり、学校に備え付けになった教科書を、何年も年代を継いで使い回ししていた。その後、学校や教師、役人、出版社が市場に横流しして、それを生徒が購入して使うのが当たり前になっていた。

最新の教科書は、紙質も印刷も質素だが随分良くなっている。表紙デザインも素朴で可愛らしいものが多い。長距離弾道ロケットのイラストが多用されている。金正恩時代になってから、教科書の供給体制はどうなったのだろうか? 最近韓国入りした脱北者に取材した具体例をあげよう。

「金正恩時代になって発刊される新教科書は、良い紙質のものを無償で与えると言われていたが、実際に学校で生徒に与えられたのは『革命活動』などの主要科目だけで、他の科目は市場で買わなければならなかった。新教科書が出るとすぐ市場で売り出された」(一六年に咸鏡北道からの脱北した生徒の親)

「傷んだ教科書を新しいものに替えて生徒に供給するということになったが、『革命活動』、数学、物理、化学などの主要科目だけが供給され、残りは生徒に市場で買わせることになった。教員の中には、生徒の親に直接販売する者もいた」(一六年二月に脱北した清津市の元教員)

「学校自体が新教科書を市場で買って来なさいと指示した。お金のない家の子供たちは共同で買って一緒に使った」(一六年に両江道から脱北した生徒の親)

「同じ教科書でも紙質も印刷もまちまちだった。当然値段が異なる。進級して必要なくなった古教科書を、親たちが市場に持ち込んで売った」(一六年に咸鏡北道からの脱北した本の商売人)

中央から供給される無償(国定価格)の教科書がまったく足りないため、各地方の印刷業者がデータを入手して独自に印刷して市場に卸したり、学校に配分された教科書を教師や役人が市場に横流ししたりしているようである。

教科書が十分に与えられないのは平壌でも同様とのことだ。背景には、北朝鮮政府の財政難と不正腐敗がある。市場での教科書の販売価格についても脱北者に調査した。咸鏡北道会寧市、両江道恵山市では、一五年度は、国語、数学、英語は一冊当たり二〇中国元、革命歴史は一〇元、生物、地理、物理は五中国元だったとのことである。(一七年三月時点で中国一元は約一六・五円) 次の2回へ>>>

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