東京・隅田川にかかる永代橋。関東大震災の3日後、ここで約30人の朝鮮人が軍人、警官、群衆によって殺害されたことが戒厳司令部によって記録されている。(撮影:筆者)

◆虐殺の史実を否定する人々

1923年(大正12年)9月、関東大震災の発生直後、「朝鮮人が暴動を起こしている」「朝鮮人が井戸に毒を入れた」といった流言が広がるなか、多くの朝鮮人が日本の自警団や軍の部隊によって虐殺された。犠牲者数は確かではないが、数千人に上ると見られている。

ところがこの史実を否定する人々がいる。「朝鮮人虐殺などなかった」というのである。正確に言えば、「朝鮮人が暴動を起こし、井戸に毒を入れたというのは事実だった。自警団が朝鮮人を殺したのはそれに対する正当防衛であって、虐殺と呼ばれるべきではない」というのが彼らの主張だ。「14万人の日本人が朝鮮人の放火で殺された」などというめちゃくちゃな主張さえ、インターネットでは見ることがある。中には「私は虐殺が事実だったこと自体は否定しない」と前置きしながら、「朝鮮人の暴動や放火も事実で、それが虐殺の原因」だと主張する人もいる。もちろんこれも「虐殺否定論」と呼ぶべきものだ。

私はこの数年間、こうした「虐殺否定論」がどのように事実に反しているか、社会にどのような害悪をもたらすかについて繰り返し指摘してきた。特にこの虐殺否定論の原点ともいえる工藤美代子『関東大震災「朝鮮人虐殺」の真実』(産経新聞出版、2009年)とその改訂版である加藤康男『関東大震災「朝鮮人虐殺」はなかった!』(ワック、14年)については、その内容を具体的に批判するサイトを友人たちと立ち上げるなどして対処してきた。この問題については、私たちの他にも多くの人が検証し、声を上げてくれたおかげで、さすがに最近では虐殺否定論をネットで目にする機会が減ってきていた。

ところがそこに、またもや虐殺事件の史実をゆがめる記述が盛り込まれた本が現れた。百田尚樹『日本国紀』(幻冬舎)である。同書は昨年11月に刊行された後、65万部の大ベストセラーとなり、昨年末には安倍首相がツイッターで写真入りで紹介するに至った。
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