米海軍厚木基地の周辺上空を訓練飛行する米軍のジェット戦闘攻撃機(2007年撮影・吉田敏浩)

◆77年、米軍ファントム戦術偵察機が横浜市の住宅地に墜落、幼児2人と母親が死亡

米軍関係の事故や事件の被害者が損害賠償を求める民事裁判で、真相と責任の究明に必要な米軍側の情報、たとえば事故調査報告書などが法廷に提供されない背後には、「民事裁判権密約」があると見られる。

たとえば米軍ファントム機墜落事故をめぐる民事裁判の事例があげられる。

1977年9月27日に米海軍厚木基地を飛び立ったRF-4Bファントム戦術偵察機が、エンジン火災を起こし、横浜市緑区(現青葉区)の住宅地に墜落した事故で、全身火傷の重傷を負った椎葉悦子さん、そして夫の椎葉寅生さんは、80年に米軍機の乗員2人と国(日本政府)を相手取り、計1億3900万円の損害賠償を求めて横浜地裁に提訴した。

この事故では死者2人(3歳と1歳の男の子)、重傷者2人、軽傷者4人、家屋全焼1棟、損壊3棟という大きな被害が出た。
死亡した男の子たちの母親は全身火傷の重傷に苦しみ、4年後に亡くなった。

米軍機の乗員2人はパラシュートで脱出して助かった。
事故直後、米軍は現場に立ち入り、日本の捜査当局が日本人の立ち入りを禁じる警戒線を張るなか、墜落機の残骸・部品を回収した。

日本の捜査当局は米軍機の乗員に事情聴取もせず、レポートを提出させただけだった。

納得がいかない椎葉夫妻は、米軍機の乗員2人と人数不明の整備士らを業務上過失致死傷罪などの疑いで横浜地検に告訴した。

しかし、日米地位協定第17条の刑事裁判権に関する規定では、米軍人の公務中の事故の第1次裁判権は米軍側にあり、日本側にはないとされているうえに、証拠も不十分との理由で、不起訴となった。

日米合同委員会の事故分科委員会による調査では、事故原因は整備不良とされたが、米軍関係者の誰も責任を問われず、乗員2人はいつのまにか帰国してしまった。

「日本政府には、事故原因の究明と責任者の処罰を強く求める姿勢はありませんでした」と、椎葉寅生さんは私の取材に対して語った。

そこで、椎葉夫妻は事故の原因と責任の所在を明らかにしたいと考え、損害賠償を求める民事訴訟を起こした。

日米地位協定には、米軍そのものを相手取って損害賠償を請求できる規定がないため、米軍機の乗員2人を訴えた。

また、国(日本政府)を相手取ったのは、米軍人が公務中に他人に損害を与えた場合と、米軍の基地や装備の管理に法的な欠陥があって他人に損害が生じた場合は、日本政府が米軍に代わって損害賠償をする責任があると、地位協定に伴う民事特別法で定めているからだ。

裁判の過程で、原告側の椎葉さんたちは事故の原因究明のため、米軍による事故調査報告書と、日米合同委員会事故分科委員会の事故調査報告書の公表を求め、横浜地裁に在日米海軍司令部への「文書送付嘱託」をするよう申請した。

日米地位協定第18条(請求権・民事裁判権)には、「日本国及び合衆国の当局は、この条の規定に基づく請求の公平な審理及び処理のための証拠の入手について協力する」と定めているからだ。

だから、米軍は「証拠の入手について協力」しなければならないはずである。
しかし、米軍側からの事故調査報告書などの提供はなかった。
提供されなかった理由は明らかでない。            

しかし、実態としては前述したように「民事裁判権密約」があるため、米軍側は「合衆国の利益を害すると認められる」情報など、明らかにしたくない情報は裁判所に提供しなくてもよく、事実上、「証拠の入手について協力」しなくてもいい仕組みになっているのだ。(続きの第8回を読む>>

[日本は主権国家といえるのか?]連載一覧>>

*関連図書
『「日米合同委員会」の研究』謎の権力構造の正体に迫る(創元社)吉田敏浩 2016年
『横田空域』日米合同委員会でつくられた空の壁(角川新書)吉田敏浩 2019年
『日米戦争同盟』従米構造の真実と日米合同委員会(河出書房新社)吉田敏浩 2019年

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