
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』で総監督を務めた安彦さん。「人はなぜ戦争をしてしまうのか」が『THE ORIGIN』で改めて問いかけられる。 (7月上旬・埼玉・撮影:アジアプレス)
◆「相手の顔を見えなくしているもの」
「絶対悪」の敵の前では、兵士やその背後の住民、いくつもの顔が見えなくなる。
ISは神の敵を殺せと、自爆攻撃で子どもまで巻き添えにした。米軍は「テロとの戦い」の名のもとIS地域を爆撃し、住民も犠牲となった。互いに「正義」を掲げ、顔の見えない者どうしの殺戮が続いた。
イラクの宗派抗争では、地域にともに暮らしてきた人びとが宗派で引き裂かれ、顔を見えなくさせられた。

イラク軍同行取材。イラクではフセイン政権崩壊後、反米武装勢力に外国人が入り込み過激化。宗派抗争が先鋭化するなかISが登場。それぞれが「正義」を掲げ、流血が続いた。(2010年・イラク・撮影:ザイード・サーフェ)
安彦さんは、戦争の実相に目を向ける。
「相手の顔が見えないことは、人としてのぬくもりが伝わってこないこと。顔が見えれば、そこで殺し合いが成り立たなくなるんじゃないか。相手の顔を見えなくしているのは何なのか、というのが大きなテーマだと思うんです」

イラク北部でクルド部隊の陣地に突撃し、殺害されたIS戦闘員。地元の村のイラク人青年だった。(2015年・イラク・撮影:玉本英子)
戦後生まれで全共闘世代の安彦さん。ベトナム戦争に怒り、反戦運動も経験した。当時の活動家にとっては、ベトナムゲリラ勢力が正義で、アメリカ帝国主義が悪だった。だが、カンボジアでポル・ポト政権による大虐殺が起き、「正義なるもの」に懐疑的になったと安彦さんは話す。
「大いなる正義、大いなる悪とされてきたものに対して『本当か?』と疑問符をつけていかないといけないと思う」
それは、安彦さんがのちに描き続けてきた近現代史を舞台にした多数の漫画作品での視座ともなっている。

ISの拠点都市だったラッカ。アサド政権軍、ロシア軍、米軍主導の有志連合の空爆で、町は破壊された。「テロ掃討」の名のもとに落とされる爆弾の先には住民がいる。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)
◆「人はなぜ戦争をしてしまうのか」という問いかけ
いったんアニメ界から身を引き、再び復帰した安彦さんは2015年、『機動戦士ガンダム THE ORIGIN』の総監督を務めた。
そこでは、1979年の最初の『機動戦士ガンダム』の起点が改めて照射されている。
「人類の歴史は戦いの歴史である。人はなぜ、この愚かで悲しき争いを繰り返すのか」
戦後75年。人はなぜ戦争をしてしまうのか、その問いに私たちは答えを見いだせないままだ。

シリア北部の拘置所で取材したチュニジア生まれ、ドイツで育ったIS戦闘員。ドイツからシリアへ。外国人はISに感化された者が多く、シリア人は家族のため給料の貰えるISに加わった者も。(2018年・シリア・撮影:玉本英子)

昨年、シリア北部に軍事越境したトルコ軍機に爆撃され、負傷した女性。夫を失った。戦火が続くなか犠牲があいつぐ。「正義」の名のもとの戦争では、つねに住民も巻き添えに。(2019年・シリア・撮影:玉本英子)

安彦良和さんは、これまで近現代史をテーマにした作品で戦争と向き合ってきた。(7月上旬・埼玉・撮影:アジアプレス)

『原点 THE ORIGIN』(岩波書店)では自身の生い立ちを振り返り、戦争や現代社会を見つめた。現在は、シベリア出兵を舞台にロシアの戦場に立った日本人たちの生き様を描く『乾と巽―ザバイカル戦記―』(アフタヌーンKC・講談社)を連載中。(撮影:アジアプレス)
(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2020年8月4日付記事に加筆したものです)
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