降雪の中で三池淵の工事現場を視察した金正恩氏。2018年11月労働新聞より引用。

 

金正恩政権が新年早々からミサイル発射実験を繰り返している。それはいつ頃から計画され、どのような目的を持っているのか? そして実戦配備は順調に進むと見るべきなのか…。日本生まれの元北朝鮮工作員・呉小元(オ・ソウォン)氏が、2021年末に開かれた労働党第8期4次総会など、国内の動きを読み解きながら解説する。(編集部

◆入念な準備の末のミサイル発射

北朝鮮は年が明けた1月初旬からミサイル発射実験を繰り返している。

5日、11日には極超音速ミサイルを、14日には列車型発射台から短距離弾道ミサイル2発を撃った。11日の発射は金正恩総書記が視察する「検閲射撃訓練」として行われた。

14日のものは「試験発射」ではなく「検収射撃試験」、すなわち実戦配備を目前としているような報道ぶりであった。

韓国の北朝鮮専門家たちは、3月の大統領選を前にして南北間の軍事的緊張を高めることは、親北・左派勢力の大統領選候補に不利になるので挑発行為はしないであろうと予測していた。金総書記にとっても韓国に保守政権が誕生することは利益にならないという論理からの推測だったが、見事に外れた。

発射の目的について、5日の極超音速ミサイル発射は「性能実験」、11日の発射は韓国当局に未完成と見くびられたことへの「性能証明」と米国の制裁強化への動きに対する「軍事的反発」、17日の発射は「配備完了誇示」と見られるが、そんなことよりも、私はこれら一連の連続発射は、入念に事前企画されたものとして注目している。

今後、北朝鮮の軍事挑発がどこまで行くか分らないが、私は年明けからの軍事行動は、昨年末に開催した朝鮮労働党中央委員会第8期4次総会 (全員会議)での決定が関連深いと考えている。

昨年末に5日間の日程で行われたこの会議について、北朝鮮の国営メディアの伝え方は、次のような簡略な内容に終わっている。

「党8次大会(2021年1月開催)の決定を高く掲げ成し遂げた成果を持続的に拡大しながら現代戦に相応した威力的な戦闘技術機材開発生産を力強く推進し、国家防衛力の質的変化を強力に推動して国防工業の主体化、現代化、科学化の目標を計画的に達成する」

文面のどこからもミサイル発射実験の「気配」は伝わってこない。

詳細情報がない北朝鮮の動向を読み解くためには、国営メディアの報道や文献の行間を読み、人々や幹部たちの思考、価値観、過去の行動パターンなどから推察・分析することが重要である。ひと言で言うと、特有の視点=「メガネ」が必要なのだ。

それでは、私なりの「メガネ」を使って、一連のミサイル発射実験に関して昨年末開催された労働党の会議を読み解いてみたい。

◆首領の指示で「動くふり」する

注目すべきは、会議の終わりに「決定書」なるものが採択され、それが非公開であるということだ。会議では初日の金正恩の報告に続いて2日目から分科会議が行われている。詳細は非公開だが、軍需工業に関する分科会議の内容は特に機密性が高い。

私の経験から言って、国防・外交・対南部門の分科会議の内容は、党内でも限られた幹部だけに伝達される可能性が高い。

北朝鮮では情報が「非公開」「対外秘」「党内秘密」「絶対秘密」等に分かれるのだが、労働新聞に写真付きで党や軍、軍需工業関連幹部たちが一堂に集まって数日間会議をしたと伝えられたことから、何らかの行動が会議前から秘密裡に決まっていたということが伺える。先に触れた報道内容では政策の方向性だけで具体的計画はなにも記されていない。

しかし会議が終わった数日後に、金正恩政権はミサイルを発射した。なぜか?

北朝鮮の政治、社会システムでは、首領が何か指示すると即座に「動くふり」をするキャンペーン性の高い雰囲気があり、その「ふり」が首領への忠誠度を測るバロメーターになっている。そのため、すべてのメディアや党組織、行政機関、会社から学校までが、指示貫徹を掲げて「決起」するのである。

一種の「やらせ」ではあるが、最高権力機関である労働党の重要部署に宣伝扇動部があるのを見ても分かるように、北朝鮮における「宣伝」とは、とにかく煽ること、「扇動」なのであり、それは日本で言うところの「同調圧力」と似たような社会的プレッシャーを生む。

「1位」「最初」「一番乗り」が評価されるのは北朝鮮でも同じで、「決定書」をいち早く実行することで担当幹部に対する評価は上がるのだ。

昨年末の軍需工業分科会議で、年初に試験発射を行うことが決まり、その後の計画も討議されたのであろう。しかし会議が終わった数日後に試験発射するのを見ると、かなり前に準備が終わっていて、発射のスタンバイ状態であったと見るのが妥当だろう。

1月14日に列車発射型のミサイルを撃ったと北朝鮮国営メディアが発表した。労働新聞より引用。

◆2019年に予告していた新戦略兵器の披露

そもそも今回の極超音速ミサイルについていえば、2019年末に行われた労働党中央委員会第7期5次総会で、金総書記が「間もなく世の中は新しい戦略兵器を目撃することになるだろう」と予告していた。

同年9月に最初の試験発射を行い北朝鮮は成功したと言っているが、「技術的指標を確定した」という表現から未完成と推測されていた。

それに飛行距離や高度が性能未達との観測データーもあり、さらに金総書記が参観していないことなどから開発の初期段階とみられていた。その後、性能改善が行われたが、何らかの事情で再度の発射を2022年に延期したと見るのが妥当だろう。

2019年の予告時、多くの韓国の分析家やマスメディアは、「新しい戦略兵器」とは、多弾頭ICBM(MIRV)や3000トン級戦略潜水艦と潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)だと予測していた。

おそらく、「極超音速ミサイルが米国ですら完成できていない物だから」という過小評価があったのだと思うが、「喉元過ぎれば熱さ忘れる」と言うが、何度外れても堂々と「予測」を続ける韓国の専門家の神経には脱帽である。

もちろん、「新しい戦略兵器」が極超音速ミサイルだけを指しているとは限らないが、戦略兵器の第一弾である可能性は高い。

ゲームチェンジャーと言われる極超音速ミサイルに対しては、迎撃する兵器を米国が開発し実験も行われているが、カップラーメンを作る数分の間に到達する近距離にある韓国や日本にとって、迎撃可能時間が米国と比べてあまりに短いことくらいは誰にでも分かるはずである。

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