列車発射型のミサイル実験だとされる写真。2022年1月の労働新聞より引用。

 

<寄稿>なぜ金正恩はミサイル発射を続けるのか? その内実と目的を探る(1)実は予告と入念な準備があった

◆実験成功は実戦配備と量産を意味しない

北朝鮮は1月30日に、また弾道ミサイル発射実験を行った。今年に入り7度目である。日本生まれの元北朝鮮工作員・呉小元(オ・ソウォン)氏が、2021年末に開かれた労働党第8期4次総会など、国内の動きを読み解きながら、ミサイル連射について解説する。(編集部

2021年末の労働党中央委員会総会において、2022年の目標、計画として極超音速ミサイルの完成と実戦配備のための「量産」が決定されたのではないかと筆者は見る。だが実験成功と、実戦配備のための量産とでは話がまったく違ってくる。

北朝鮮における兵器生産を簡略に説明すると、国防科学院で開発が完了した後、人民武力省が、配備計画を軍需生産を担当する第2経済委員会に提出。委員会が審査して予算・生産計画を労働党中央軍事委員会に提出して裁可を得た後に「国家規格品」として量産を開始する。 

これを北朝鮮の軍需産業では「系列生産」と言う。1月17日の発射を「検収射撃試験」としたのは、一言で言うと軍需工場で生産された「製品」の納入前の検品を意味する。「検収」後に軍に納入され配備される。

当たり前の話だが、軍は軍事予算から第2経済委員会に「代金」を支払う。国防科学院の開発予算や軍の予算は労働党中央軍事委員会で決定されたものを、国家予算の中から引き出して支出する。そのため、第2経済委員会傘下の軍需工場では兵器生産が止まると賃金を払えない。ある意味独立採算制である。

兵器開発と生産に必要な外貨予算に関しては、労働党軍需工業部が先頭に立って傘下の貿易会社を通じ「外貨稼ぎ」をする。軍需資金管理のための専門銀行も運営している。

労働党軍需工業部は外貨を調達するために非鉄金属、石炭、武器等の輸出権=「利権」を持っているので相対的に他の分野に比べれば外貨を豊富に持っているように見えるがそうでもない。

◆武器輸出は利益を生んでいるか

私は1980年代後半、「火星3号」というスカッドミサイルのイラン輸出に関わった銀行担当者から、1基当たり300万米ドルで輸出されたと言う話を聞いたことがある。

だが、7割以上の資材を輸入して制作するので生産コストが高く純利益が少ないので、首領が指示した核開発をはじめ、ICBM等の新兵器開発資金はもとより、量産のための外貨資金はほとんど残らないと嘆いていた。

首領(当時は金正日)に売り上げの30%=90万ドルを献上し、軍に国防強化資金として10%=30万ドル拠出、残りの180万ドルで新兵器開発と生産に必要な資材輸入代金に充てるのだが、絶対的に不足していると言うのだった。

労力やユーティリティの支払いに必要な北朝鮮内貨が足りなくて国から借りているとして、会計的には赤字だと話していた。

現在では資材の「国産化率」が高まっているとはいえ、輸入資材は不可欠なので、量産のためには持続的に外貨が必要になってくる。しかも北朝鮮の武器輸出は国際的な監視が格段に厳しくなった。 

ミサイル発射実験を視察した金正恩。キム・ヨジョンの姿もあった。2022年1月の労働新聞より引用。

◆低質の電力が障害

先端兵器のプロトモデルの開発に関しては、金総書記をはじめ軍需工業を統括している労働党の部署では、輸入する品目や外貨の使用を優遇するとしても、こと系列生産の段階になると外貨不足で容易ではない。生産ラインの設備の拡充、材料の確保が必須だし、何よりも安定した電力確保が重要になってくる。

電力は労働党軍需工業部や、軍需生産を担当する行政機関である第2経済委員会の権限だけでは解決できない。軍需工業分野には優先送電措置が取られているが、その質(周波数) が問題なのである。精密機械は電気の周波数の変動に敏感で、少しでも周波数が不安定になると止まってしまう。

過去に北朝鮮有数の炭鉱である平安南道(ピョンアンナムド)安州(アンジュ)地区炭鉱に水害が発生し坑道が水没した際、日本製のポンプで水を汲み上げようとしたが、周波数が不安定で日に何度も止まってしまい、まともに稼働できなかった実例がある。

今は「世界の工場」と言われるまでに発展した中国だが、およそ20年前までは電流が不安定で精密加工製品の不良率が高かった。長く「安かろう悪かろう」と言われていた中国製品の品質向上には電力の安定が欠かせなかったのである。

2010年頃に脱北した慈江道(チャガンド)にある2.8機械総合工場の勤務経験者は、生産した自動小銃の半分近くに不良品が出ても、検収に来る軍人に賄賂を渡し合格品として納入していると証言していた。

ちなみに軍法では、軍需工場で不良品が3割以上出ると工場支配人は軍事裁判にかけられ、死刑に処される条項がある。品質管理(QC)は少量の試作品に限られ、系列生産=量産になると、とたんに不良品多発になるのが北朝鮮の生産現場である。

金正恩時代になって、精密加工品工場には電圧・電流を安定させる設備が海外から導入されたという情報がある。

筆者は過去に、ある兵器用電子部品を生産する軍需工場に設置した高価な中国製の電力安定器が、送電されてくる急激かつ大きな、電圧・電流の変動に耐えきれず、作動が中断してしまう現場を目撃している。系列生産が可能な条件の根本的改善は、いまだなされていないと、筆者は見ている。

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