◆「美しかったマリウポリが“死の町”に」

「美しかったマリウポリのほとんどが破壊され、“死の町”になりました」 スヴェトラーナさんはうなだれた。

かつてチェロを習っていたアリーサさん。オデーサに避難後、報道で見た写真が忘れられない。チェロの発表会で演奏したコンサートホールのステージに、鉄格子が作られていたのだ。

ロシア軍と親ロシア派勢力が、アゾフスターリ製鉄所の攻防戦で捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。国連の人権機関はこれに懸念を表明。だが、マリウポリのロシア支配は進みつつある。

ロシア軍の侵攻前のマリウポリのコンサートホールのステージで、チェロを演奏するアリーサさん。(写真:家族提供)
アリーサさんがチェロを演奏したコンサートホールのステージ。ロシア軍と親ロシア勢力は町を制圧すると、このステージに鉄格子を作った。捕虜にしたウクライナ兵を裁く「法廷」として設置したものという。(マリウポリ市議会が入手し公表した写真)

オデーサに逃れてからも、アリーサさんはふさぎ込む日が続いた。

学校の担任教師や知人らが亡くなったと聞いたからだ。祖父母はロシア軍支配下の町にまだ残ったままで、国外や国内各地に避難した同級生たちとは離れ離れになった。

いまでもよく悪夢にうなされる。迫りくる砲撃から逃げようと、必死にもがくのだという。

悲しい記憶がよみがえり、いまでもよく悪夢にうなされる。(撮影:2022年8月・玉本英子)

◆アニメと漫画が心の支えに

アリーサさんは言った。
「戦争は本当に恐ろしい。大切な人への感謝の気持ちを忘れないようにしたい。その人や私が、明日にはいなくなってしまうかもしれないから」

母スヴェトラーナさんは、オデーサでアニメショップを探し、娘を連れて行った。ショップの店長は、アリーサさんの傷ついた心を少しでも癒すことができればと、店を手伝ってもらうことにした。

アニメショップのカーチャ店長はこう話す。
「いま、戦争下の過酷な現実のなか、アニメや漫画がほっとした気持ちにさせてくれる、心が創造的になる、と感じる若者が少なくありません」

アニメと漫画がアリーサさんの支えになり、悲しみで灰色だった心に、少しずつ彩りが戻った。

オデーサのアニメショップのカーチャ店長(左)は、アリーサさんを支えた。(撮影:2022年8月・玉本英子)

大好きな「ギヴン」のギタリストにあこがれ、アリーサさんはギターを習い始めた。

「いつか親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開きたい」 その時だけ、彼女は優しい笑顔を見せた。

ギターを習い始めたアリーサさん。ギターを弾くことで表情が明るくなったと講師は話した。親戚や知人を招いて、ささやかなコンサートを開くのがアリーサさんの願いだ。(撮影:2022年8月・玉本英子)
マリウポリを含む東部・南部地域の4州は、9月末、プーチン大統領が一方的に「ロシアへの併合」を宣言。アリーサさんは、町に残る祖父母や叔母と引き裂かれることに。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)
幾日にもおよんだ取材を終えた日、母娘の2人が私に手渡してくれたマリウポリの紋章の旗。アゾフ海の青地に黄色い錨。母スヴェトラーナさんは言った。「いつか私たちの美しい故郷をあなたにお見せしたい。その日が来ると信じています」

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月1日付記事に加筆したものです)

 

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