戦死したヴィターリーさんの軍服を手にするイリーナさん。軍人ゆえにあらゆる事態を覚悟はしていたが、イリーナさんはまだ死を受け入れられないでいた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆「敵の人たちにも、この戦争を経験してほしくない」

ダーシャさんの机には、軍服姿の父の遺影と名誉勲章が飾られていた。そのわきに、お水の入ったコップと一切れのパン、そして父が好きだったキャンディーが供えてあった。 彼女は言った。 「これ以上、愛する人びとが失われないようにして。たとえ敵の人たちでさえも、この戦争を経験してほしくない」

父、ヴィターリーさんは、冗談が得意で笑顔を絶やさなかったという。(2022年8月・オデーサ・撮影:玉本英子)

◆殉職兵士の墓の前で

オデーサ郊外の墓地に父は眠る。 私はダーシャさんと母のイリーナさんと墓地に向かった。広大な敷地に、殉職軍人を埋葬した一角があった。真新しい墓が並ぶ。2人は父の墓碑に赤い花束を手向け、添えられた写真にそっとキスをした。 「ウクライナは負けません。夜明けが来ると信じています」 そう言って私を抱きしめたイリーナさんの体は、ずっと震えていた。

ヴィターリーさんの墓前に花を手向けるダーシャさんと母イリーナさん。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

夏の日差しが照りつける静かな墓地。墓碑の横に掲げられた、青と黄のウクライナ国旗が風に揺れ、はためいていた。 帰り際、墓地の出口に差し掛かると、兵士たちが整列し、弔銃を構える練習をしていた。また新たな戦死者が運ばれてくるのだ。 毎日、絶えぬ双方の犠牲。ウクライナだけでなく、ロシアの兵士にも、ひとりひとりに家族があり、悲しみに暮れているはずだ。

オデーサ郊外の墓地の一角にある殉職軍人の墓。墓碑に刻まれた日付には戦死日から間もないものも少なくなかった。ウクライナ国旗が風に揺れていた。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

◆「私は泣かない」

ダーシャさんは、私の前で涙を見せなかった。 「お父さんは、どんな時でも強い心でいなさいと言っていました。私は泣きません。お母さんをもっと悲しませてしまうから」

ウクライナの伝統衣装、ヴィシヴァンカ姿のダーシャさん。「ウクライナ国民は屈しない」との思いを込めた。(TikTok動画より)

ロシア軍の侵攻後は、ウクライナの伝統衣装、ヴィシヴァンカをまとった姿での動画投稿が増えた。「ウクライナ国民は屈しない」との思いからだ。 普通の日常を取り戻すため、友人にとっても自分にとっても元気を与えてくれるコスプレを続けるつもりだ。そして、いつか日本に行くのが夢という。

コスプレのメイクをする。元気を与えてくれるアニメのコスプレをこれからも続けるつもりだ。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

好きなアニメのバッジでいっぱいのダーシャさんの「痛バッグ」。(2022年8月・オデーサ・撮影:坂本卓)

【ダーシャさんの動画を含む映像報告 毎日放送(MBS)】「日本のマンガ・アニメ」を心の支えにして戦時下を生きるウクライナの少女たち

ダーシャさんが暮らすウクライナ南部オデーサ。陸軍中佐だった父、ヴィターリさんは7月末、ミコライウでの任務中にロシア軍の攻撃を受け、亡くなった。地図は2022年8月の状況。(地図作成:アジアプレス)

(※本稿は毎日新聞大阪版の連載「漆黒を照らす」2022年11月15日付記事に加筆したものです)

 

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