金正恩政権の「大幅賃上げ」策は経済立て直しに奏功するだろうか。写真は幹部たちと降雪の中で工事現場を視察した金正恩氏。2018年11月労働新聞より引用。

<北朝鮮内部>金正恩政権が破格の10倍超の「賃上げ」(1) 国営企業や公務員の労賃を一斉にアップ…それでも月収500円程度

◆「大幅賃上げ」に不安増す庶民たち

2023年11月から12月にかけて、北朝鮮政府は労働者や公務員の労賃を年初に比べて一斉に10倍以上に引き上げた。「配給外の生活費に充てよと政府は説明している」と国内の取材協力者たちは伝える。だが、住民たちは「大幅賃上げ」にむしろ不安を募らせているという。金正恩政権の労賃アップの狙いは何か? ※2回連載の予定を3回に変更します。 (カン・ジウォン/石丸次郎

2020年にコロナパンデミックが発生して以降、北朝鮮の都市住民の暮らしは大きく悪化した。国境封鎖に加え、当局が商行為や私的な賃労働を取り締まるなど、個人の経済活動を強く制限したことで現金収入が激減したからだ。母子家庭や老人世帯など脆弱層の中に栄養失調や病気で死亡する人が絶えない理由はここにある。

それなら労賃(北朝鮮では月給とは言わない)の大幅引き上げは朗報になっていいはずだ。だが住民たちの反応は芳しくないという。咸鏡北道に住む取材協力者は次のように述べた。

「職場に出勤しないと食糧を買えない仕組みにしようとしている。庶民はだんだん国家の奴隷のようになりつつあります」

今回の「賃上げ」の特徴は、金正恩政権がこの3年余り強力に進めてきた「食糧専売制」と紐づけていることにある。どのような仕組みなのか、アジアプレスでは咸鏡北道(ハムギョンプクド)、両江道(リャンガンド)、平安北道(ピョンアンプクド)に住む取材協力者と調査を続けてきた。それらを総合して解説したい。

(参考写真)金正恩政権は2014年にも「糧穀販売所」での食糧専売を目論んだが失敗している。写真は2012年11月に両江道恵山市で撮影したもの。

◆市場での食糧販売を禁止し国家専売制へ

1990年代後半から北朝鮮の食糧流通の中心は市場であった。パンデミック発生後、政府は徐々に市場での食糧売買に介入を強める一方で、国営の「糧穀販売所」を復活させ、市場の価格より10~20%安くコメとトウモロコシを販売した。

同時に政権が強力に進めたのは、職場への出勤強要だった。無断欠勤する者、職場を離脱し別の手段で収入を得ている者は処罰と批判の対象になった。他方、出勤する労働者に対しては食糧配給を実施した。アメとムチである。職場によって差があるものの、概ね毎月労働者本人の3~10日分程度であった。ちなみに、教員や公務員、安全員(警察官)、保衛員(秘密警察要員)には、家族分まで毎月70~100%の支給が続いている。

市場では日を追って食糧の販売統制が厳しくなり、ついに2023年1月に原則禁止に。「糧穀販売所」での販売に事実上一本化された。最近では、1世帯当たり、あるいは家族数に応じて5~10日分に当たる量を、毎月2回に分けて販売している(市場ではコメやトウモロコシ以外の穀類…麦、豆、雑穀、イモの他、トウモロコシの粉や麺、パン、餅などの加工食品も売られている)。

ちなみに、昨年12月の上旬期の両江道恵山(ヘサン)市での「糧穀販売所」での販売量は、1世帯あたり白米4700ウォン×4キロ、トウモロコシ2100ウォン×3キロであった(価格は1キロ当たり)。

これらを全量購入しようとすると2万5100ウォン、つまりひと月で約5万ウォンが必要になる。パンデミック以前は、出勤する労働者の妻が商行為などで、ひと月に数十万から多い場合は数百万ウォンを稼いでいたが、統制によってそれは不可能になった。
※1000ウォンは約17円。

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