マスクを着用して鴨緑江の堤防工事に動員された住民たち。2021年7月中旬、平安北道を中国から撮影(アジアプレス)

2017年の国際社会の対北朝鮮制裁強化で打撃を受けた「トンチュ」(金主の意)だったが、新型コロナウイルス防疫のための国境封鎖は、追い打ちをかけることになった。そしてさらに多くのトンチュに退場を余儀なくしたのは、金正恩政権が断行した強力な反市場政策であった。2023年8月、アジアプレスの国内の取材協力者たちは「トンチュの70~80%は没落した」と報告している。いったい何があったのか。その没落の過程を追ってみた。(チョン・ソンジュン/カン・ジウォン

<北朝鮮特集>新興成金「トンチュ」の栄枯盛衰(1) 市場を急拡大させたトンチュ、その没落の序幕とは

◆パンデミックと国境封鎖で大打撃

2020年にコロナ・パンデミックが始まり、北朝鮮当局が国境の完全封鎖を敢行すると、トンチュの墓場に向かうことになった。人も車両も移動が強く規制され、市場が一時的に閉鎖されると物流は停止した。市場は凍りつき、多くのトンチュが徐々に窒息死していった。

2023年10月、東海岸から木船に乗って家族とともに脱北したキム・ミョンオク氏は、翌年7月のアジアプレスへの取材で、目撃したトンチュの墜落を次のように証言している。

「コロナの時期にトンチュたちは没落しました。数万ドルずつ投資し、ホタテ貝の稚貝を中国から買って養殖をしていたのに、国境が塞がれてしまって輸出ができず、投資は水の泡になったのです」

2019年、国際社会の制裁下でも北朝鮮の対中輸入額は、約25億7千万ドルあった。しかし、コロナで国境が封鎖された2020年には約4億9千万ドルまで急減。北朝鮮政府は、輸入品にウイルスが付着するという理由で自ら貿易を閉ざしてしまった。

自らの封鎖策は当然経済を痛打することになったが、貿易や輸入品を国内で流通させて金を儲けてきた多くのトンチュも大打撃を被った。しかし、金正恩政権は、コロナウイルス流入を水際で阻止するという強力な統制策を断行することによって、貿易と物流の国家管理を徹底する絶好の機会を得た。これは、後述する反市場政策の本格的な始まりとなった。金正恩政権はパンデミックを奇禍として、統制がきかない市場の力を削ぐ政策に邁進することができたのだった。

2023年10月、木船に乗って家族とともに脱北したキム・ミョンオク氏

◆「トンチュ殺し」を断行

2023年8月、金正恩政権は「国家の統制権の外で物資の取引をしたり外貨を流通させたりする行為を徹底的に禁止したりすることについて」という布告を公布した。布告は個人の経済活動を制限し、一切の物資の流通と管理を国家の統制によってのみ進めるということを骨子とし、違反した際の最高刑罰を死刑とする内容だった。布告の要旨は次の通りである。

〇外貨使用を徹底的に禁止する。

〇国の食糧または貿易会社が取り扱う物資を個人が小売、卸売する場合、必ず「商業管理局」に登録し、取り扱う食糧と商品を事前に申告処理して販売しなければならない。原則は、国営商店など国家流通網を通じて行われなければならない。

〇布告は、個人が物資と食糧を勝手に運搬、保管したり、価格を設定したりしないようにするための措置だ。

〇個人が人を雇用する行為は非社会主義的現象であり、徹底的に取り締まる。

当時、国内のアジアプレスの取材協力者たちは、この布告の目的を「トンチュ殺しだ」と口を揃えた。国家が管理できない経済活動の中心勢力を弾圧することが布告の主目的だったというわけだ。

③ 朝中間貿易額の推移。中国税関総署発表値から製作(アジアプレス)

◆食糧と物資の流通の国家独占を狙う金政権

後に公開資料で明らかになったことだが、金正恩政権は2020年頃から、法律改定と制度整備を同時に進めながら、強力な「反市場」政策を実行し始めていた。「糧穀販売所」を通じて食糧専売制を強力に推進し、国営商店を活性化させて市場(ジャンマダン)の力を強引に大きく墜落させた。 個人の商売は国家機関に登録する条件でのみ可能になった。

こうした政策を通じて、金正恩政権は国家主導の「新経済秩序」への移行を推進した。トンチュたちは生存空間を奪われ、消滅直前の危機に追い込まれたのだ。

それでは、金正恩政権が目指す「新経済秩序」とは何なのか? 北朝鮮の最新の法律と内部協力者の証言を通じて解析を試みたい。(続く3へ

北朝鮮地図 製作アジアプレス

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