政府は有事すなわち戦争で民間人にも深刻な戦禍が及ぶことを前提として、現在の大軍拡・戦争準備を進めていることは、これまで本連載でも重ねて述べてきた。そうした棄民政策としか言いようのない政府・国家の姿勢の背後に、「戦争被害受忍論」の黒々とした影が潜んでいる。(吉田敏浩/写真はすべて筆者撮影)

陸自大分分屯地弾薬庫の周囲には団地などの住宅地がある。右手に見える丘陵にトンネル式の弾薬庫がある(2023年11月12日撮影)

◆国際人道法の「軍民分離原則」に反する弾薬庫建設

本連載(13)でふれた「戦争被害受忍論」(「戦争という非常事態において国民は被害を等しく耐え忍ばなければならない」という政府側の主張)が、大軍拡・戦争準備の背後に透けて見える事例がある。

長射程ミサイルの有力な保管先とみられる陸上自衛隊(以下、陸自)大分分屯地(通称、敷戸弾薬庫)の、大型弾薬庫増設(9棟)に反対する市民団体「大分敷戸ミサイル弾薬庫問題を考える市民の会」(以下、「市民の会」)が、昨年7月、防衛省に対して、国際人道法のジュネーブ諸条約第1追加議定書の「軍民分離原則」と弾薬庫の関係について質問した際の、同省の回答である。

陸自大分分屯地弾薬庫(敷戸弾薬庫)の正門(2023年11月12日撮影)

同弾薬庫はJR大分駅の南約6キロ、大分市のベッドタウンである敷戸団地など住宅密集地の真ん中に残る丘陵地に位置し、面積は約156ヘクタール。付近には保育園、幼稚園、小中学校、大学、病院、介護施設、商業施設もあり、近隣の5つの小学校区内だけでも約2万世帯4万人が暮らす。増設予定地から最も近い住宅地まで、直線で約400メートルしかなく、そこには保育所も幼稚園もある。

陸自大分分屯地弾薬庫(敷戸弾薬庫)、建物の向こうに連なる丘陵にトンネル式の弾薬庫がいくつもあり(棟数は非公開)、さらに増設工事が進む(2023年11月12日撮影)

2023年11月に着工した大型弾薬庫増設の1棟目は、今年12月にも完成の予定である。仮に戦争が起きれば弾薬庫は真っ先に狙われる。ミサイルが命中して爆発したり、周辺の住宅地に着弾したりすれば、多くの死傷者が出るにちがいない。

「市民の会」は、日本も加盟するジュネーブ諸条約第1追加議定書第58条(b)項が、戦争で民間人に被害が及ばないよう、弾薬庫などの軍事目標(攻撃対象)を人口密集地やその近辺に設けないよう最大限の努力、すなわち「軍民分離原則」の順守を締約国に求めているとして、「日本政府は弾薬庫が軍事目標であると認識しているか」と質した。

防衛省の回答は、「弾薬庫が軍事目標かどうかは、実際に武力紛争が生じた場合の状況下で判断する必要があり、一概に答えられない」という無責任なものだった。外務省への再質問でも同様だった。

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