
◆ミサイルの爆風で家がゆがむ
ミサイルが庭先に炸裂し、家屋が損壊した夫婦。ミサイルの恐怖と見通せない生活のなか、不安は絶えない。互いに励ましあって生きる二人を、ドネツク州スラビャンスクで取材した。取材は4月。(取材・写真:玉本英子・アジアプレス)

◆恐怖と不安が幾重にも
ウクライナ東部、ドネツク州スラビャンスク。3月18日の夜、市内の住宅地に1発のミサイルが着弾した。響き渡る轟音、揺れる地面。炸裂したのは、夫婦が暮らす家の庭先だった。家屋は爆風でゆがみ、屋根の一部が吹き飛んだ。二人は駆け付けた兵士に助け出されたが、夫のセルゲイ・パニチェフさん(59)は飛び散った窓ガラスの破片で、頭部を負傷した。妻のネリャさん(58)は、振り返る。
「天地がひっくり返ったかと思った。生きているのが不思議なくらい」


かつて電気工事士だったセルゲイさんは、30年前に交通事故で失明。妻のネリャさんは保健師として働き、夫を支えてきたが、侵攻後、仕事を失くした。家計が苦しくなったなか、国連機関が配布した食料や夫の障害年金で、生活をつないできた。そこにミサイルが襲った。
「いつまた爆発に巻き込まれるのか、これからの暮らしがどうなるのか。恐怖と不安が幾重にものしかかってくる」
ネリャさんはうなだれた。
ミサイルや無人機によって被害を受けると、行政機関から「補償金」が給付される。だが、被害の規模からすれば、金額はわずかなうえ、複雑な申請手続きを経なければならない。


◆「危ない、伏せて!」
「まるで、熱したフライパンの上で生きているようなものです」
セルゲイさんは、さらに言葉をつないだ。
「ただ、何か良いことがあったとするなら、戦争でもっと人の心がすさむのかと思っていたら、多くの人が互いに助け合うようになったことです。それがわずかな救いかもしれません」

その時だ。窓の外で、ヒューと空気を切り裂くような音がした。
「危ない、伏せて! ミサイル!」
ネリャさんはそう叫ぶと、私の上に覆いかぶさった。
その音は、すぐに遠ざかっていった。低空で飛ぶウクライナ軍の戦闘機だった。風切り音がそっくりなため、二人はヒューと聞こえるたびに、窓から離れ、台所の奥に駆け込んで必死に身をかがめるという。
◆「この戦争を終わらせて」
「人間は、知性を人類の役に立つことではなく、ミサイルや無人機の殺し合いに使う。なぜこんなものを競って作るのか。なんて愚かなことか…」
セルゲイさんは、怒りをにじませる。


「停戦」へ向けた交渉の先行きは、不透明だ。ウクライナが不利な条件を受け入れ、「停戦」が成立すれば、戦闘は停止し、ミサイルは飛んでこなくなるだろう。だが、この戦争で、たくさんの命を奪った者の責任は問われぬままで、法の裁きを受けることもない。失われた命は戻らず、人びとの心に深く刻まれた傷は、何年も癒えることはない。
二人は、壊れた家を少しずつ修繕していくつもりという。セルゲイさんは、ネリャさんの手を握しりめた。
「明日を信じれば、きっと、この苦しみを乗り越えていけるよ」

爆発でえぐられた大きな穴に、ミサイルの破片が落ちていた。ネリャさんはそれを拾い上げ、言った。
「神さま、この戦争を終わらせてください。兵士と子どもが、もう殺されなくてすむように…」
彼女の頬を、涙がつたう。
降り始めた雪が風に打たれ、曇り空に舞った。













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