◆ハメネイ師殺害に市民の反応は?
爆撃が始まった2月28日にイランの最高指導者ハメネイ師が殺害された。Aさんはイラン・インターナショナル(ロンドン拠点のペルシャ語ニュースサイト及び衛星放送)のニュースでそのことを知った。まもなく周辺の住宅から人々の歓声や拍手が聞こえてきた。
「ほとんどの人は家の窓から声を上げて喜び合っていました」
地域によっては大勢の人が街頭に出て、音楽や口笛を吹きならし、踊りあかしている映像がSNSで拡散された。しかしその後、1月の抗議デモのように市民が体制打倒に立ち上がることはなく、テヘランをはじめとするイラン各都市は静まり返っている。ハメネイ師を殺害すれば雪崩を打ったようにデモが再燃し、体制転換に向かうのではないか、との諸外国の憶測は裏切られた。
「それは、パーレビ元皇太子が民衆に『外へ出よう』と号令をかけるのには、まだ早いからです。皇太子は『次に声をかけるのは、みんなが安全に外に出られるときだ』と言っています。革命防衛隊もバシジもまだ力があるので、民衆がこれ以上殺されないよう、今はまだ号令をかけていないんです」
アメリカ在住の元イラン国王の皇太子レザー・パーレビ氏は、1月の反体制抗議デモにおいてもアメリカから民衆を鼓舞し、大きな役割を果たした。彼はハメネイ師が殺害された2月28日、イランの軍、治安関係者に向けて民衆の側に立つよう呼びかけ、市民に向けては「今は自宅に留まり、冷静さと身の安全を保ってください…(中略)…適切なタイミングが来たら、最終的な行動に移ります」と呼びかけた。
パーレビ氏が言う、市民が安全に街頭に出られる「適切なタイミング」とはいつのことだろう。革命防衛隊やバシジなどが一掃された後のことを指しているのだとしたら、イランへの空爆はまだまだ続き、戦火はさらに拡大するのかもしれない。
「イラン国民が自国を心から愛せる国になってほしい。激動のイランに縁あって居合わせた私は切にそう願います」
戦火にまみえたもう一つの祖国へのまなざしに、Aさんの苦悩がにじんで見えた。
大村一朗(おおむら いちろう・アジアプレス)
1970年生まれ。2012年春まで首都テヘランに滞在。イラン国営放送ラジオ日本語課に勤める傍ら、フリーのジャーナリストとしてイランの生活、文化など広く取材。2009年には大統領選挙後の抗議デモに足しげく通い、騒擾下のテヘランの実情を内部から伝えた。 / 著書 『シルクロード路上の900日』(めこん) / 共著 『21世紀の紛争』(岩崎書店)























