「スパイ防止法」制定の動きに反対する人たちの間では、「戦前・戦中の軍機保護法、国防保安法、治安維持法といった国家秘密法制や治安立法が猛威を振るい、人びとの自由を奪った『もの言えぬ』時代を再来させてはならない」との思いが共有されている。歴史の教訓を踏まえたその「スパイ防止法」への危機感から、いま強い関心を持たれているのが、アジア・太平洋戦争中に起きた、ある「スパイ冤罪事件」である。(吉田敏浩/写真はすべて筆者撮影)

◆「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」とは何か

それは1941年(昭和16年)12月8日の対米英開戦と同時に、特高警察(特別高等警察。思想・言論・社会運動などを取り締まり弾圧した)により、軍機保護法違反(軍事機密の探知とその漏泄〔漏洩〕)の容疑で検挙された、北海道帝国大学(現北海道大学)工学部学生の宮澤弘幸氏(当時22歳)と、同大学予科英語教師のアメリカ人夫妻、ハロルド・レーン氏とポーリン・レーン氏(当時ともに49歳)が、非公開の裁判でそれぞれ15年、15年、12年という重い懲役刑を科せられた事件である。

3人は軍事機密の探知とその漏泄(漏洩)の罪を被せられた。だが、実際は軍事機密とはいえない根室・海軍飛行場の外観など些末な見聞、伝聞の事実を、特高警察によってスパイ行為に仕立て上げられたのである。

アメリカ・イギリスとの開戦にあたって、防諜すなわちスパイ防止・取り締まりを名目に、国民監視・統制を強固にするための、見せしめとして厳罰に処せられたものだ。現在それは「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」と呼ばれている。

「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」編『引き裂かれた青春―戦争と国家秘密』(花伝社 2014年)の表紙写真、冤罪事件被害者の宮澤弘幸氏。

昨年12月16日に参議院議員会館で開かれた、「第3回スパイ防止法を考える市民と超党派の議員の勉強会」で、『「スパイ防止法」を許すな!「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」を繰り返させてはならない』という冊子をもとに講演した、市民団体「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」事務局の福島清さん(毎日新聞活版OB、87歳)は、こう危機感を訴えた。

「私たちはスパイ冤罪事件という国家権力犯罪に時効はないとの立場から、『宮澤・レーン・スパイ冤罪事件』の真相を究明し広める取り組みを進めてきました。『スパイ防止法』が制定されたら、同じようなスパイ冤罪事件が引き起こされ、無実の罪におとしいれられる新たな冤罪被害者が生み出されるおそれがあります」

以下、同冊子にもとづき、いまあらためて振り返るべきこの「スパイ冤罪事件」の経緯をたどる。なおこの勉強会では、『宮澤・レーン・スパイ冤罪事件』の史実を掘り起こしたドキュメンタリー映画『レーン・宮沢事件 もうひとつの12月8日』(演出:秋元健一 企画制作:ビデオプレス 1993年)も上映された。

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