◆スパイ防止に名を借りた弾圧法制による一斉検挙
1941年(昭和16年)12月8日の対米英開戦に合わせて、全国の警察を統括する内務省警保局は、各地で特高警察を動員し、憲兵隊とも連携しながら、逮捕状なしで「外諜容疑者」の一斉検挙をおこなった。「外諜」とは外国のスパイを意味する当時の用語だ。
逮捕状なしで検挙できたのは、当時の国家秘密法制のひとつ国防保安法にもとづき、軍機保護法関連の事件では、検事の専権で逮捕状なしの身柄拘束を可能にする刑事手続き上の特例措置があったからだ。スパイ防止に名を借りた弾圧法制としての本質が表れている。

内務省警保局外事課の内部文書『外事警察概況』には、「予て非常事態に備えて外諜容疑者名簿を整備し、綿密なる内偵を遂げつつありたるが、十二月八日午前七時以降、司法及憲兵当局と緊密な連絡の下に左の如く全国的に一斉検挙を実施せり」との記録があり、スパイの疑いをかけられて検挙された者は、12月8日だけで111人、その後15人が追加され、全国で計126人に上った。そのなかに、北海道帝国大学(現北海道大学)関係者が7人いた。
以下、敬称略で記す。
宮澤弘幸 北海道帝国大学工学部学生 レーン夫妻と交流
ハロルド・レーン 北海道帝国大学予科英語教師 アメリカ人
ポーリン・レーン 北海道帝国大学予科英語教師 アメリカ人
渡邊勝平 北海道帝国大学工学部助手 レーン夫妻の知己
丸山護 日本ポリドール社員 レーン夫妻の知己
黒岩喜久雄 北海道帝国大学農学部・戦時繰り上げ卒業 レーン夫妻の知己
石上茂子(シゲ)元レーン家女中
特高警察は、「敵性外国人」であるアメリカ人教師夫妻と、夫妻と親しい関係にあり交流していた日本人学生などにスパイの疑いをかけて、監視下に置き、動静を探り、周到に検挙、弾圧の準備をしていたのである。(つづく)
吉田敏浩(よしだ・としひろ)1957年、大分県出身。ジャーナリスト。著書に『ルポ・軍事優先社会』(岩波新書)、『「日米合同委員会」の研究』(創元社)、『横田空域』(角川新書)、『昭和史からの警鐘』(毎日新聞出版)など。























