◆何が秘密なのかは軍が決め、法を悪用した国家権力
このように宮澤氏やレーン夫妻ら北大関係者を罪におとしいれて投獄し、宮澤氏を実質的な「獄死」といえる病死に追いやる元となった軍機保護法。それは1899年(明治32年)に制定された。

前出の冊子によると、もともとは「軍内部の規律に重きを置く概括的な法」だった。しかし、「戦争翼賛体制が進むにつれ改悪を重ね」て、特に盧溝橋事件を発端とする日中戦争さなかの1937年(昭和12年)8月の「改正」で、関係者が「新法」と呼ぶまでに各条文を改め、軍事機密の拡大、厳罰化を進めた。その要点は下記のとおりである。
「1.軍事機密の範囲を作戦、用兵等と限定するかにみせて、『其の他の軍事上秘密を要する事項』を付記することで無制限拡大を可能にした。
2.軍事機密の指定権者を『陸海軍大臣が命令を以て定む』として、軍による専権化を明
記した。
3.国内要地に、軍の恣意による『秘匿地域』を設定して国民に当該地での行動制限を課
した。
4.過失、偶然による『機密』の見聞、未遂、扇動をも探知罪、漏泄罪の対象とした。
5.最高刑を死刑にまで拡大した」
「要するに何が秘密なのかは、軍が決めていたわけです。軍が白を黒と言えば黒になるように条文を仕込んだのですから、旧憲法下の臣民の権利から言っても到底容認できない内容が列挙されていました」と、「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」事務局の大住広人さん(毎日新聞編集OB、88歳)は指摘する。(つづく)
吉田敏浩(よしだ・としひろ)1957年、大分県出身。ジャーナリスト。著書に『ルポ・軍事優先社会』(岩波新書)、『「日米合同委員会」の研究』(創元社)、『横田空域』(角川新書)、『昭和史からの警鐘』(毎日新聞出版)など。























