国家権力が軍機保護法を用いてつくりだした「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」は、戦争遂行のための国民監視・統制が狙いだった。「スパイ防止法」もかつての軍機保護法のように、軍事機密、国家秘密を増殖させ、監視社会化を加速させるだろう。ふたたびスパイ冤罪におとしいれられる被害者が生み出されかねない。(吉田敏浩/写真はすべて筆者撮影)
◆一斉検挙の狙いは国家権力への批判・抵抗を壊滅させること
軍機保護法の改正案は当時(日中戦争が起きた1937年)の帝国議会の審議でも問題となった。よって、法案を通したかった陸海軍側は、「軍事上の秘密」とは「尋常一様の手段では探知収集」できない「高度の秘密」であり、「不正手段を以てこれらの秘密を探知収集する者を処罰する」などと、限定的な運用をする旨の答弁をした。最終的に、次のような付帯決議がなされたうえで改正案は可決成立した。
「本法に於いて保護する軍事上の秘密とは、不法の手段に依るに非ざれば之を探知収集することを得ざる高度の秘密なるを以て、政府は本法の運用に当たりては、須く軍事上の秘密なることを知りて之を侵害する者のみに適用すべし」
「つまり、この法で保護する『軍事機密』の範囲を『高度』なものに限定し、探知の手段を『不正』なものに限定し、犯意の有無を明確にすること、を以て本法適用・加罰の要件としたわけです。当時の議会状況のなかでぎりぎりの歯止めをかけたといえます。しかし、軍・国家権力は法が成立したとたん、付帯決議も、議事録に残った限定答弁の数々もすべて無視し、警察も検察も、さらに裁判所までもが軍・治安権力に追従しました。その何よりの証拠が、『宮澤・レーン・スパイ冤罪事件』なのです」
そう指摘するのは、「北大生・宮澤弘幸『スパイ冤罪事件』の真相を広める会」事務局の大住広人さん(毎日新聞編集OB、88歳)だ。

本連載(7)でも述べたように、宮澤氏がレーン夫妻に話した根室・海軍飛行場の外観などは、旅行中や課外実習中の単なる見聞に過ぎず、事実上公開されており、軍事機密とはいえない些末なものだ。前出の「付帯決議」にあるような、「不法な手段」によらなければ「探知収集」できない「高度の秘密」ではない。
また、それらの「見聞」が仮に軍事機密だったとしても、宮澤氏とレーン夫妻が、「付帯決議」にあるような「軍事上の秘密なること」を知ったうえで罪を犯したと証明されたわけではない。
「つまり、軍機保護法の成立の前提となった『付帯決議』に照らすならば、軍機保護法違反の犯罪となる要件(高度な機密、不正手段による入手、犯意の証明)をひとつも満たしていないのです。法を悪用した国家権力による冤罪事件にほかなりません」と、大住さんは批判する。同会発行の冊子『「スパイ防止法」を許すな!「宮澤・レーン・スパイ冤罪事件」を繰り返させてはならない』は、こう結論づける。
「スパイ摘発は目くらましで、一斉検挙の本当の狙いは別次元にあった。おそらく身柄を拘束して非日常の空間に隔離し、長期にわたって理不尽に締め上げ、抵抗すれば拷問さえ加えて極限まで心身を痛めつけ、もって地域社会に恐怖と委縮をもたらし、国家権力への批判・抵抗を壊滅させることにあった」
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