UNHCR事務所内での籠城記者会見に備えて、家族全員がプラカードを書いた。「.韓国でなければ自由を、自由がなければ死を」と書いたのは最年少15歳のリ・ミンチョル。結局、記者はUNHCR事務所に入れず会見は行われなかった。 (撮影:石丸次郎)

UNHCR事務所内での籠城記者会見に備えて、家族全員がプラカードを書いた。「.韓国でなければ自由を、自由がなければ死を」と書いたのは最年少15歳のリ・ミンチョル。結局、記者はUNHCR事務所に入れず会見は行われなかった。 (撮影:石丸次郎)

 

駆け込み・籠城の日

決行当日に話を戻そう。
私が同行した班は後門から門衛の前を通り過ぎようとした。すると、やはり門衛に中国語で呼び止められてしまった。NGOのメンバーがパスポートを見せて「ニュージーランド大使館に行く」と英語で言うと、門衛はじろりと一行を眺め回した。

私もパスポートを見せる。難民2人にも身分証提示を求められたら、この計画は、文字通り門前払いとなって水泡に帰してしまう。幸い門衛はアゴで、行けと合図して私たちを通過させた。

待ち合わせのエレベーターホールに最初に着いたのは、最後発の私のついた班だった。
数分の間隔を置いて全員が集まった。これでビルに入るという第一関門は突破した。エレベーターに乗り込んで2階に向かう。
降りて左に折れるとUNHCR事務所だ。この入口にもガードマンが大きな机を置いて警備に当たっている。

「約束してあるから...」
そう言って、大人数に当惑気味のガードマンをほとんど無視するようにガラス戸の事務所入口に向かう。
難民一家は、早く事務所の中に入ってしまいたいのだろう、足取りが速くなって団子状態でぞろぞろと入っていく。

あれよあれよという間に、我々は半ば強引に事務所の中に入ってしまった。受付の中国人女性職員は突然の団体訪問に顔色が変わっている。
(つづく)

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