◇元「主体思想派」たちも正恩世襲体制に愛想つかし

去る2月17日、韓国の水原地裁は、北朝鮮の革命路線に追従して、韓国の体制転覆を謀議したとして「内乱陰謀罪」「国家保安法違反」などに問われた野党・統合進歩党の李石基(イ・ソッキ)国会議員に対し懲役12年、資格停止10年を言い渡した。

多くの既報があるので、この「李石基事件」の詳細については述べないが、昨年5月に持った会合で李議員は「戦争準備をせよ。通信、鉄道・ガスなどのインフ ラ施設の破壊、そのための武器の製造と確保せよ」と演説、自分たちの国家議員選出を「革命の橋頭堡」などと発言したとされる。

もちろん、統合進歩党と李議員側は強く反発している。2011年末の大統領選挙に国家情報院が介入していた問題が国会で取り上げられる予定であったため、窮地に陥った国家情報院が情勢転換のために、特大級の公安事件を作り上げたと批判していた。

李議員ら統合進歩党の主流派は、今、韓国社会の広くから「従北派」という批判を受けている。北朝鮮にシンパシーを寄せる「親北」どころでなく、「北 朝鮮の言いなりだ」「平壌の指令を受けている」という意味だ。もともと、統合進歩党の前身の民主労働党内で、反主流派が主流派指導部の北朝鮮べったりぶり を侮蔑的に批判する言葉として使い始めたものだ(民主労働党は指導部の「従北」問題で08年2月に分裂している)。

「主体思想派」と呼ばれてきた李議員らのグループが、世に芽を出したのはもう20数年前の90年前後のことだ。90年に韓国留学を終え日本に戻った 私は、その後も学生運動の取材などのためにソウルに足しげく通い、左派系の活動家たちと親しく交わっていた。80年代の民主化闘争の中心的役割を果たした 韓国学生運動は、大統領直接選挙を実現させた後の90年代に入っても数万人の動員力を誇る「世界最強のスチューデントパワー」を維持しており、社会に出た 者たちは労働運動やメディアに進出し、韓国社会を動かす勢力に急成長した。

当時の韓国の社会運動は、民主化の進展、経済成長による海外渡航の解禁によって重石が外れたような状況で、民主化闘争の中で蓄積された経験と活力溢れる組織が、いくつかの左翼党派に再編されていく過程にあった。

「米国を追い出し、民族の自主的統一を成し遂げることが急務だ。指針となるのは北の『主体思想』である」
とはっきり語る活動家たちが数多くいて、そんなこと堂々と言って大丈夫なのかと驚いた記憶がある。
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