12月22日、福島県警から紀夫さんの携帯電話に連絡が入った。DNA鑑定の結果、骨は汐凪さんのものだと確認された。

紀夫さんが電話を受けた時、となりには汐凪さんの姉・舞雪さんがいた。その日、舞雪さんが通う松本の高校で懇談会があり、紀夫さんが出席していたからだ。

「お父さんは安曇野のあたりの駐車場で警察の人と電話をしていました。そして、運転席に戻ってきてから、『汐凪だったよ』と伝えてくれました。お父さんはいつものように平然とした表情で、会話は続きませんでした。

車の中で私は、汐凪が流されたときのことを想像してしまいました。家が流されたところに汐凪がいて、わーってなったのかな、とか。私はこれまで、汐凪は海の中にいると思っていました。お父さんが捜しても捜しても、なかなか出てこなかったから。だから今は、本当にびっくりして何も言えない。

なぜ、出てきてくれたのかな。なかなか見つけてくれなかったから、早くみんなに会いたくなって、自分から出て行こうと思ったのかな。もし汐凪に会えたら、出てきてくれてありがとう、と言いたいです」(次の6回へ

(※初出:岩波書店「世界」2017年4月号)

<筆者紹介>
尾崎 孝史 おざき たかし 
1966年大阪府生まれ、写真家。リビア内戦の撮影中に3・11を迎え、帰国後福島を継続取材。AERA、DAYS JAPANほかでルポを発表。著書に「汐凪を捜して 原発の町 大熊の3・11」(かもがわ出版)、「SEALDs untitled stories 未来へつなぐ27の物語」(Canal+)。

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