◆いじめによる自殺の国家責任を問う「さわぎり」裁判
吉田 いまの若者が昔と違うといっても、される側がそれをいじめやしごきと受け取れば、やはり教育や訓練の限度をこえたいじめ・しごきにほかなりません。私はそうした自衛官の「悲鳴」を、平和運動に限らず、日本人全員が聞くべきだと思うんです。

戦前の日本軍では上官の命令は絶対で、しごきや体罰、いじめ、鉄拳制裁は日常のことでした。一種の恐怖支配です。人権など認められませんでした。旧日本軍でも自殺者は多かったといいます。
軍隊内で抑圧された兵士の不満のはけ口は、軍隊にとって敵とされた人びとに向かいます。相手の戦闘員だけでなく、アジア各地で一般の住民に対してまで暴力は向けられました。組織のなかで人権を認められない兵士たちの鬱屈したエネルギーが外部に向かい、虐殺や略奪、暴行、強姦がおこなわれました。

組織の内部で人権を認めない組織が、外部の人に対して人権を尊ぶことはないと思います。それは沖縄戦で日本軍が住民の生命を守らず、壕から追い出したり、スパイ呼ばわりや赤ちゃんの泣き声を理由に住民を殺したり、集団自決を強要したりしたことからもわかります。

アメリカ軍はベトナム戦争で、イラク戦争と占領で、多くの住民を殺傷しています。日本政府がイラクに自衛隊を送ったことは、米軍の占領に加担する行為です。さらに今後も米国の軍事行動に追随すれば、独善的な「正義」を掲げて他国の人びとを殺傷してかえりみない米軍と同じ体質に自衛隊も染まりかねません。危うい道に迷い込もうとしているわけです。

自衛隊が戦場に向かうようになれば、さらに隊員の人権は抑圧されていくでしょう。いじめ・しごき事件、自殺の問題に表れた自衛官の「悲鳴」は、日本の行く末について警鐘を鳴らしているのではないでしょうか。

新倉 護衛艦「さわぎり」の乗組員が上官によるいじめが原因で自殺した事件では、ご両親が長崎地裁佐世保支部で国の責任を問う裁判を起こしていますね。自衛隊内のいじめで犠牲になった人の家族が、抗議の声を上げることには大きな意味があると思います。

吉田 1999年の11月8日、航海中の護衛艦「さわぎり」で三等海曹のHさんがロープで首を吊って亡くなりました。上官によるいじめによって精神的に追い詰められ、21歳の誕生日に自らいのちを絶ったのです。

ところが、自衛隊・防衛庁はいじめはなかったとし、責任を認めていません。機関科に配属されていたHさんが技能不足に悩んで自殺したとして、本人の弱さのせいだと言わんばかりです。
しかし、納得できないHさんのご両親は真相究明と謝罪、慰謝料、軍事オンブズマン制度の創設を求め、国を相手取って提訴しました。同じようなことが繰り返されないためにも、と。

これまで、自衛官の自殺をめぐって遺族が提訴することはありませんでした。この「さわぎり」裁判は、初めて自衛官の人権をめぐって真正面から国家責任を問うものです。非常に注目すべき裁判で、いじめの根絶と自衛隊での人権尊重を実現するためにも、当事者が声を上げていくのは大切ですね。

*新倉 それにしても残念なのは、こうした犠牲者が出ないと問題点が明らかになってこないことです。当事者の告発の声によって初めて実態が見えてきます。本当は、この何歩も手前の段階で平和運動が働きかけをしないといけないんですが。

吉田 過労死の問題を取材したことがありますが、残念ながらいまだに過労死・過労自殺は後を絶ちません。最近は労災認定されるケースが増えてきてますが、裁判を起こしても認定されない場合も少なくありません。

遺族の人たちが全国的に家族会をつくって弁護士などの協力を得て、この問題の重要性を訴え、企業や官庁の責任を追及しています。当事者が「人間を使い捨てにするのはおかしい。許せない」という声を上げて、それを地道に広げていくことでしか状況は改善されないんですね。自衛官の人権問題も「さわぎり」裁判がきっかけとなって、広範な声になってゆき、そこに平和運動も取り組んでいくのが望ましいですね。( 6へ続く >>>