北朝鮮の列車の中である。90年代の大混乱期、窓ガラスは盗まれ、座席は暖房の薪代わりに燃やされる惨状を呈していたことを考えると随分まともになった。 (2005年5月 リ・ジュン撮影)

北朝鮮の列車の中である。90年代の大混乱期、窓ガラスは盗まれ、座席は暖房の薪代わりに燃やされる惨状を呈していたことを考えると随分まともになった。
(2005年5月 リ・ジュン撮影)

 

出かける時に、自分の年の数だけの小豆(あずき)を布切れやビニールにしっかりと包んで、服のポケットの中に入れておくという風習が、最近北朝鮮で流行している。

旅の途中でそれを一粒でも失くしてしまうと縁起が悪いと、多くの女性が固く信じているという。
ミョンスンはたくさん履き物を入れた商売用の大きな背嚢を背負って列車に乗った。
客車の通路に5時間もぶっ通しで立っていた彼女は、椅子に座っていた客が下車するために席を立とうしているのに気付くと、その場所に素早く近寄り席を確保した。

床に置いていた背嚢を、よいこらしょと網棚に押し上げ、緩んだ背嚢の紐をしっかりと締め、網棚の柱にしっかりと括りつけた。引っ張ってみると背嚢はしっかり柱に結びついている。これで盗人も簡単には持って行けないだろう。ミョンスンは安心して確保した座席に座ることができた。
席に座って一息つくとミョンスンは、今度は朝から列車に乗るまでのことをじっくりと思い出してみた。

出発する前に真剣になって選んだ小豆の粒は、ビニール袋の切れ端にしっかりと包まれたまま、ジャンバーのポケットに入っているはずだ。
ミョンスンは気になって手を入れてみた。ビニール袋の結び目が手に触れた。それを注意深く取り出した。両手をそっと開くとつるつるして丸い小豆の粒が出てきた。秋のせいで乾燥して硬くなった人差し指で一粒、二粒と数えていった。
「あれ?一粒ない」

彼女の小さな顔は急に真っ青になった。ミョンスンは慌ててビニールの中の小豆を何度も数えなおした。
「確かに32個数えて入れ来たのに。間違いないのに」
ミョンスンはもう一度小豆を数えると、席からすっくと立ちあがった。必死になって服のポケットを手でまさぐった。
「ああ、どうして?どうしよう」

彼女は今にも泣き出しそうになった。ポケットを探し終えると、今度は自分が座っていた座席や、立っていた通路を何度も行ったり来たりして確かめた。
「ああ、今度の商売がだめになったらどうしよう?元手を全部かき集めて出て来たのに」
「おばさん、どうしたの?」

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