今にも泣き出しそうなミョンスンの横にすわっていた中年の男が訊いた。
「小豆一粒なくなってしまったんだって」
向かいに座っていた若い女性が、よく分かるといった表情でその男性に耳打ちした。
「なんだ、ただの小豆一粒で何をそんなに騒いでるんだ?」

「おじさん、そんなことも知らないの?小豆一粒が年齢の一歳なんですよ。一粒なくせば一歳足りないじゃないの。それは大変なことでしょう?小豆の神様の歳が一つなくなるんだから、小豆の神様が『これはおかしい』って混乱するのよ。小豆の神様が他所へ行ってしまうのよ。そしたら縁起が悪いじゃないの。商売が駄目になってしまう」

江界(カンゲ)方言のきついその若い女性は、ミョンスンのことがまるで自分のことのように心配な様子だった。
「ただの小豆一粒が歳だって?」
中年男性は、ばかばかしいとでも言いたげに嘲笑った。女二人はその男に構わず、腰を曲げて床をあちこち探し回った。
「ありゃありや。まったく女というのは大したもんだ。うちの女房もやりそうだな」
「どうしよう?次の駅で降りて戻ろうかしら?」

床を探していたのを諦めて途方に暮れたような顔で服の裾を触っていたミョンスンの顔に、突如生気が戻った。
「あら、これは?」
彼女の両手はジャンバーの前裾の端を掴んだ。

「おお、ここにあったわ!」
ミョンスンはジャンバーの内ポケットの縫い目の間に挟まっていた一粒の小豆をやっとこさ見つけたのだった。
「さっき取り出した時に、ここに挟まってしまったみたい」

ミョンスンは周囲の人たちに照れくさそうにして顔を赤らめた。小豆が入ったビニール袋を開いて、たった今見つけた小豆を入れ直し、もう一度しっかりとビニールに包んで内ポケットの中に大事そうにしまった。
「これでよし!」
椅子に深く座った彼女の赤みを帯びた顔には、かすかな微笑みが浮かんでいた。乗客たちも、安堵のため息を付き、それぞれに外の景色を眺め始めた。
(資料提供 2006年9月 ペク・ヒャン 整理:チェ・ジニ)

[北朝鮮の迷信] 3

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