朝鮮で「グクス」と呼ばれる麺は最も大衆的な食べ物だ。清津市駅前で列車待ちの人相手の露天の店。(2005年5月 リ・ジュン撮影)

朝鮮で「グクス」と呼ばれる麺は最も大衆的な食べ物だ。清津市駅前で列車待ちの人相手の露天の店。(2005年5月 リ・ジュン撮影)

 

インスクは、太い銅線の束を、新聞紙で幾重にも包み、リュックサックの中に押し込んだ。リュックの背中が当たる側に古着を畳んで入れ、背中が痛くならないようにした。
リュックの紐をぎゅっと締めると、銅線が入っているとは誰も気づくまい。
リュックをしょって立ち上がり、ちょっと歩いてみた。結構歩けそうだった。

この銅線は、電気工場に勤める義理の兄が、工場から少しずつくすねてきたものだった。中国との国境近くに持って行けば高く売れる。
溶接機やモーターなどを専門に生産する龍江(リョンガン)電気工場(平安南道大安(テアン)郡にある)では、原材料である銅線の途中流失を防ぐため、取り締まり専門の保衛隊や検閲隊を組織動員して毎日のように労働者を調べていたが、それでも銅線紛失事件が続発した。

労働者たちは工場長や作業班長に賄賂を渡し、持ち出していくのである。中には、銅線を売って得た金を、班長や工場長と山分けする者までいた。
頑固で生真面目な義兄も、妻である姉が、体調が悪くて商売ができず、子供たちに食べさせるものがなくなると、班長に頼み込んで銅線を少しずつ分けてもらうようになったのである。

それをインスクが国境近くまで持って行き、高値で売ってくるのだ。インスクは以前、国境付近で軍事服務をしていたため、多少はそっち方面に人脈があった。
「あなた、インスクが遠くまで行くんだから、お昼でも食べさせてやってくださいな」横になっていた姉が義兄に頼んだ。
インスクが「いいのよ。もう行くから」と言って立ち上がると、姉は泣きそうな顔をした。仕方なくインスクは座りなおした。

さっきから姿が見えなかった義兄が、何か器を持って帰ってきた。
ノンマ麺(注1)を買って来たと言う。インスクは、びっくりして義兄を見た。
「どこにそんなお金があったの?」
「ツケで買ったんだよ。明日は給料も出るし、麺を買う金くらいなんとかなるさ」
力なく目を閉じていた姉が、麺という言葉を聞いてゆっくりと目を開いた。

「あなた、遠くへ旅立つ人に麺を食べさると、旅が長引くって言うわ。遠くまで行く子に麺なんてだめよ。ご飯を買ってきてくれればよかったのに」
「そんなの迷信だよ。商売に出る人たちが、栄養価のないトウモロコシ麺を食べたくないもんだから、そんな話を作ったのさ。これはノンマ麺だよ。こんな暑い日は、飯より麺のほうがいいさ」
インスクは義兄の言うことに一理あるような気がした。

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