
◆侵攻後に感じた社会の変化
ロシア軍の侵攻後、ウクライナの性的少数者をとりまく環境はどう変わったのか。戦死したゲイ兵士パートナーの悲しみや同性婚への思いを、ドラァグクイーンのジーナ・スマイル(40)が語る。戦時下のLGBTQを見つめるシリーズ第2回(敬称略・取材・写真:玉本英子)

◆誰もが親切で寛容に
ジーナはアイブローペンシルを手に取り、額まで伸びる長い眉ラインを描いた。
「このラインが大事なポイントなの」
そして、ミラーを見つめながら、話を続けた。
「あくまでも自分の感覚だけど、侵攻後、社会の変化を感じたの。戦争が始まると、誰もが生きることに必死で、余裕がなくなって殺伐とするのかと思っていた。でも、以前よりも人びとが親切になったし、寛容になったように思う。戦争なんてネガティブなものでしかないんだけど、あえて戦争がもたらした“ポジティブ”な部分があるとするなら、人びとの親切さを気づかせてくれたということ。ただこの戦争があと何年も長引くとなると、どうなるかはわからない」

LGBTQに対する社会の見方にも変化が起きているという。
「ゲイやレズがウクライナ軍に入隊し、兵士となったり、軍務に従事したりしていることがメディアでも報じられるようになった。故郷への思いをともにし、命を懸け、血を流している。そんな中で、ゲイもレズも平等であるべきという考えがようやく広まるようになったと思う。ゲイの兵士の友人が言ってた。以前なら部隊内で、ゲイや、ゲイっぽい兵士への嫌がらせやいじめがよくあったけど、空気が変わってきたって。まだまだだとは思うけど、軍隊みたいないちばん厳しそうなところでそうした変化が少しでも起きているのはうれしい」

◆戦死したゲイ兵士の遺族、パートナーの葬儀参列認めず
一方で、戦争が突きつける過酷な現実も語ってくれた。
「あるゲイの兵士が戦死したの。そのパートナーの男性は伴侶としてずっと一緒に暮らしてきた。彼らの両親もそのことは知っていた。でも、遺体安置所では家族と認められないから正式に遺体を引き取ることができない。さらに、葬儀の日には、母親がそのパートナーが参列することを認めなかったどころか、葬儀の場に近づくことさえも拒絶した。最愛の伴侶としてずっと人生を分かちあってきたというのに。死んだらその事実のすべてを否定され、何もかもが引き離される。こんな仕打ちがあるでしょうか」
ジーナの声は震え、目に涙が浮かぶ。黒くふちどったアイラインが濡れて、にじんだ。
「国も何とかしてほしい。戦死した兵士の遺族には、一時補償金と遺族年金が国から給付されるけれど、法的には家族じゃない同性カップルは受け取れない。愛する故郷と大切な家族を守るために命を落としたというのに。同性婚が認められていればと思うと、怒りがこみ上げてくる。せめて同性カップルの法的保証だけでもすぐに実現してほしい」
ウクライナでの同性婚や同性パートナーシップの法制化議論は、社会的なタブーと欧州統合への歩みの間で揺れ動いてきた。侵攻後、「欧州的な価値観」の擁護へと社会が振れるようになり、LGBTQへの意識も変化しつつある。現在も同性婚は認められていないが、2026年2月には、最高裁判所が同性カップルを「家族」としてみなす判断を下している。

◆侵攻に「沈黙」したロシアのゲイたち
オデーサは歴史的にロシア語が多く話されている街でもある。かつてはジーナもロシア国内のゲイやドラァグクイーンたちとSNSでよくメッセージを交わしていた。同性愛者や権利擁護団体を厳しく弾圧するロシアで暮らすLGBTQから、その苦悩を聞くこともよくあった。だが、侵攻後、状況は一変したという。
ジーナは憮然とした表情で言った。
「侵攻後、それまでやりとりしていた人たちが、何のメッセージも送ってこなくなった。ウクライナにいる人間と連絡をとるのは難しいのはわかってる。投獄されかもしれないもの。でもね、『元気ですか、大丈夫?』とか、そんなひとことすらない。こっちでは毎日、たくさんの命が失われているのよ。ロシアのLGBTQコミュニティには、高い教育を受けた人もたくさんいたのに、みんな侵攻には沈黙した。これは『道徳的な死』だと思っている。戦争でこんなことになってしまうなんて、やるせない思いよ」

























