今では幹部でない一般の庶民たちの結婚の宴会、誕生日の食卓に、パイナップルやバナナなど珍しい果物を揃える新しい習慣が発生した。自分の家に日本製の中古自転車と中国産テレビぐらい揃っていないと恥ずかしい、という程度の水準には到達した。
「苦難の行軍」によってもたらされた、飢餓という「陰影」と対照的な「明るさと希望」だと言えると思う。
八〇年代、龍城(リョンソン)ヨーグルト工場(輸入設備で建設された)で作られていた「エスキモー」というアイスキャンデーは、中央幹部とその家族だけに配給される、人民が一度は食べてみたい考える憧れの食べ物だった。

しかし、新しいジャンマダンはこの願いも簡単に叶えてくれた。「カカオ屋」と呼ばれる商人たちは、稼働が止まってしまった業務用冷凍機に自分の金を投資し、「エスキモー」製造技術を学んだ。
バニラ香料とカカオの粉は、密輸屋や外貨商店などから購入する。マツタケを入れる発泡スチロールの箱を準備して、「エスキモー」が溶けないようにした。

この「エスキモー」(九〇年代半ば当時の市場販売価格で一個一〇ウォン)と、カカオ(同一個五ウォン)の二種類の製品は、冷凍機から出されるやいなや車に積まれ、全国の道庁所在地の都市に向かって行った。
「エスキモー」は卸商売人の手から手に渡り、鉄道と道路を経て、自動車で、自転車で、背に担がれて続々と運ばれ、朝鮮の津々浦々、山深い村や漁村にまで広がって行った。新しく全国的なジャンマダン流通網ができることで、中央級幹部にだけ届けられていた「エスキモー」を、全国民が一斉に食べられるようになったわけだ。これは奇跡のように私には映った。

石丸 まさに奇跡だ。
我々のチームの記者のリ・ジュンによると、朝鮮では個人の記念撮影は、昔から写真にだけ制限されていて、ビデオによる記念撮影は、首領様に対してだけ「映画文献」という名でやっていたそうだ。
ところがジャンマダンはそのタブーも破ったという。今では、都市の一般人でも、結婚式や卒業式を記念にビデオ撮影したいと考える時代になっている。
さらに、幹部や金持ちは、子供の成長を記録するビデオ作品を業者に発注し、記念にすると聞いて本当に驚いた。

最下層のコチェビ(ホームレス)のような人々に焦点を当てて朝鮮社会を考えてきた私にとって、想像し難いことだった。あなたの話を聞くにつれ、全国的なジャンマダン流通網がなかった一五年前には想像もできなかった、大変化が起きていると感じる。
リュウ・ギョンウォン 朝鮮において、ジャンマダンの権威というものは、もう潰すことができないだろう。

注意深く見てみると、現在の朝鮮で行われている「先軍運動(先軍政治)」の本質は、全社会的に起きている個人蓄財運動の延長線上にあるのではないかと思えてくる。いくら厳格に取り締まろうとしても、幹部や金持ちの個人蓄財は相当な量に達しているし、そのトップにいるのが金正日将軍であるというのは、公然の秘密ではないか。

これ以上再分配ばかりを強要すること(つまり、個人蓄財を犯罪視して処罰する「非社闘争」)は、社会と政局の不安を助長し持続させることにしかならない。それでは肯定的な社会発展は期待することができなくなっているのではないか。
今後は、早急にこの個人蓄財を、健全に生産に投資できるような、社会的、経済的改革がなされることをジャンマダンは待っていると思う。
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