朝鮮農村の生産力とは、まさにこの、絶望的な収容者の労働力以外の何ものでもない。
単純な貯金も不可能な農民たちには、「苦難の行軍」が産み出したジャンマダン経済の時代すらも、新しい束縛以外の何ものでもなかったろう。
集団農場経営にも、資金はもちろん、流通生産財がいろいろ必要となる。土地があるだけではそれらの問題は解決しない。

保有している資金(や資材)では、農場が所有している耕地面積の四〇%以上は、実際は耕作不能で放棄せざるを得ない有様なのだ。
肥料一つをとっても、有機肥料(おもに住民毎に強制的に収集を割り当てる人糞肥料)を使えと政府は言うが、それは経済的方策というよりも政治的威嚇に過ぎないと私には見える。人口と家畜の頭数、有効な樹林、草原面積などから考えて、この有機肥料集めは、現実的に全く採算が合わないのだ。

資金と資材がないことよりももっと問題なのは、農村に既得権をもつ農場幹部たちによる経営上の不正腐敗だ。
現在、農民たちは慢性的な借金のために、一層田畑に縛り付けられている。農村の幹部たちは、農民たちに「(収穫後の)秋払いでいいから」と高利で金を貸しつけるようなことまでしている。

もはや第二の土地改革なくしては解決できないのではないかと思えるほどの酷さだ。
このような春の困窮期に高利で金を貸す行為や、様々な名目の燃料代金、苗床用ビニールハウスの代金、肥料代、各種の修理費用、人民軍支援の豚供出、農村動員されてくる人員への経費、他所への支援物資の費用などなど、到底数え切れない負担が農場員たちにのしかかる。
これを払うのは収穫の秋である。そのうえ、内訳が不明な高利の借金も、すべて秋に清算される。生産した農作物の分配はいくらも残らない。農民は農村無産者に転落してしまったのだ。

このように、破産もなく、離農も不可能な協同農場のでたらめな経営は、農民をあたかも「収容民化」することを促進している。
それで、協同農場の農民たちは、山野を切り開いて耕した個人の(隠し)畑の収獲で食いつないでいる。それほど切羽詰まっているのである。
わかると思うが、国内食糧生産の改善をしようとするなら、農村改革なしには不可能なのだ。
農民たちが要求しているのは、自分たちを協同化以前の個人農状態に戻してほしいということだ。少なくとも中国のように、個人農業ができるようにしてやらねばならない。
(つづく)

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