熱心に札を数える清津水南総合市場の女性。国家計画経済の枠内で懸命に働いても得られない収入が、市場で活動することで得られるようになった。民衆が一斉に市場に向かったのは当然のことだった。(2004年7月 リ・ジュン撮影)

 

朝鮮における「市場」とはいったい何なのか。何ゆえに政府は数年に一度、全国的に市場を抑えつけようとするのか。
全国的な「市場抑制」は、今日から少し遡ってみても、一九九四年の金日成死亡から一九九七年の「三年葬」明けまでの、農民市場の不安定期がまずあり(注1)、次いで二〇〇二年七月一日経済改善措置(注2)に伴って繰り広げられた約一年間の閉鎖措置を含むジャンマダン(注3)弾圧があった。

そして、その次が、二〇〇七年一〇月の大々的な「市場抑制」だ。
これら、全国的な市場抑えつけによる経済的影響は、時間が経つにつれはっきり現れるようになった。すなわち富める者は益々富み、貧しき者は益々貧しくなる傾向が強まり、執権層に富が集中したのだ(二〇〇七年北朝鮮内の調査「非社会主義現象との闘争統計」によれば北朝鮮の富裕層は人口の七%だという)(注4)。

権力者のこのようなやり方は、今まで何度も繰り返されてきた。
結論から先に言うならば、国家が住民への食糧配給をストップしておいて、それを理由に市場を開設し、そこで自分たちがその市場を利用して不労所得を得、莫大な利潤を独占しておいて、住民の市場活動能力が一定水準に高くなってくると、その競争力を非経済的方法で縮小させる。

これが全国的な「市場抑制」の真相ではないかと、われわれは見ている。
学問と言論の自由がない北朝鮮で発生している「市場抑制」の実態を、少しなりとも解明すべく、「リムジンガン」編集部はこの特集を組んだ。
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