もちろん「管理所」の内部の人々ではないが、「拘禁下」にある人々の貴重な写真。鴨緑江に洗面のために隊列を作って降りてきた集結所という拘置施設に勾留中の人々の様子(1999年8月恵山市郊外 石丸次郎撮影)

もちろん「管理所」の内部の人々ではないが、「拘禁下」にある人々の貴重な写真。鴨緑江に洗面のために隊列を作って降りてきた集結所という拘置施設に勾留中の人々の様子(1999年8月恵山市郊外 石丸次郎撮影)

 

北倉(プクチャン)18号管理所出所者の証言 15
足の引っ張り合い
最後に「18号管理所」にいる間に私の目の前で起きたいくつかの出来事を述べておきたい。
あるとき、中央党出身の収容者が、われわれと一緒にテレビを見ていた。金正日将軍様の現地指導についての報道だった。画面で将軍様がある人民軍の分隊の食堂を訪れ、釜の蓋を開けて覗き込む場面が流れた。

それを見て彼はこう言った。
「あれもみんな政治方式だし、領導方式だな」
確かに私にはそう聞こえた。そして「領導方式」と言った彼の言葉も正しいと思う。なにか悪いことを言ったわけではなかった。
だが、横で聞いていた女(その女も追放されて「管理所」に来た)が、その言葉をすぐに保衛員に言いつけた。「領導方式」を「統治手法」という言葉に置き換えて「『あれも統治の手法だ』とその男が言った」と報告したのだ。

その日の夕方、発言をしたその男は車に乗せられて、隣接する保衛部の「14号管理所」に移送されて行った。彼はそこで死んだに違いない。人の命が、何ということもないたったの一言で左右されるのだ。
それでは、女はなぜ密告したのか? 「管理所」内の生活とは、自分以外は全員敵である。いくら親しくても相手は保衛部か安全部のスパイと考えなければならない。だから本当に言動には注意しなければいけない。

私が「管理所」に入った当初、安全員と保衛指導員にそれぞれ「来い」と呼びつけられて行ってみると、親切にもたばこを勧めながらこう言うのだ。
「階級性を見ても何を見ても、お前はここの奴らとは違う。何より階級がいいからな。だが、ここの奴らはみな地主や資本家階級や治安隊だ。

だから、あいつらに何かちょっとでも変わったことがあれば、すぐに報告しに来るんだぞ」
密告なんか誰がするものかと思った。しかし、嫌だと答えるわけにもいかず、こう言った。
「まあ、そんなことがあればお手伝いします。」
ところが、彼らのところに一ヶ月以上訪ねて行かず、依頼を放っておいたところ、また呼び出された。私はこう言った。
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