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【2000年7月、「息子の死は過労自殺」として家族は会社を訴えた】(東京地裁合同庁舎・千代田区/筆者撮影)

【2000年7月、「息子の死は過労自殺」として家族は会社を訴えた】(東京地裁合同庁舎・千代田区/筆者撮影)

第7章
若き派遣労働者の過労自殺

過労自殺と企業の責任
上段のり子は、息子の勇士が「疲れた、疲れた」と言い続け、やつれ果てた末に自殺したことから、過労自殺にちがいないと考え、2000年7月18日、ニコンとネクスターに対し、安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償(総額約1億4455万円)を求めて、東京地裁に提訴した。
この裁判において原告側は、概〔おおむ〕ね次のように主張した。

勇士は過重な労働によって鬱〔うつ〕病に罹り、自殺するに至った。ネクスターは請負の実態がない「派遣会社」であり、勇士は派遣社員という弱い立場だったことからも、過重な労働を余儀なくされ、また健康管理の埒外〔らちがい〕に置かれることも多かった。

ネクスターは従業員である勇士に対し使用者として、業務に伴う疲労が過度に蓄積して勇士の心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていた。同様の義務を、ニコンも派遣先の事業主として負っていた。にもかかわらず、ネクスターもニコンもその義務を怠った。それゆえ安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく責任を負う。

一方、被告側のニコンとネクスターは、概ね次のように主張した。
両社は業務請負契約を結んでおり、勇士は派遣社員ではなかった。勇士の業務は社会通念上許容される範囲内のもので、過重な労働ではなかった。
勇士は鬱病の診断を受けておらず、その言動などにも鬱病の罹患をうかがわせるものがないので、勇士が鬱病に罹っていたとはいえない。自殺を予見する可能性もなかった。仮に鬱病に罹っていたとしても、業務との間に因果関係はない。健康維持などについて安全配慮義務は充分に尽くしていた。

判決は2005年3月31日に出された。判決は勇士の業務の過重性について、以下の点で通常以上の身体的精神的負荷があったと認めた。
1998年7月(103時間)と99年1月(77時間)の、過度の時間外労働・休日労働。過度の時間外労働・休日労働を伴った納入検査のための出張。初めてのソフト検査実習での時間外労働・休日労働を含む15日間連続勤務。一般的な作業現場よりも精神的負荷を伴うクリーンルーム内での、仮眠をとれない状態の夜勤を含む昼夜交替勤務。
しかもその夜勤時にも時間外労働をさせられたこと。請負社員・派遣社員が次々とリストラされたことによる解雇の不安。

そして判決は、勇士の業務には精神障害を発病させるおそれがある強い心理的負担があったとし、勇士が鬱病に罹っていたことを認め、自殺の原因の重要な部分は業務の過重性に基づく鬱病にあると判断した。

さらに、勇士のような外部からの就労者は、人材派遣や業務請負などの契約形態の区別なく、同じようにニコンの労務管理のもとで業務に就いていたので、ニコンは勇士に対し、業務の遂行に伴う疲労や心理的負担などが過度に蓄積して心身の健康を損なうことがないよう注意する義務を負っていたと判断した。同様の義務は、勇士を雇っていたネクスターも負っていたとした。
そのうえで判決は、ニコンもネクスターも勇士にカウンセリングをおこない、休養を取らせる、業務を軽減するなどの措置を講ずることは可能だったにもかかわらず、それをしなかったので、安全配慮義務を怠ったといえると結論づけた。

勇士の言動などに鬱病の罹患をうかがわせるものはなく、健康状態の悪化を認識して自殺を予見することは不可能だった、というニコンとネクスターの主張に対して判決は、勇士の痩せ具合や顔色の悪さから健康状態の悪化は容易に認識し得たはずであり、健康状態の悪化がもたらす結果としての自殺を予見する可能性はあったと判断した。
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