こうして、ニコンとネクスターに対し、安全配慮義務違反ないし不法行為に基づく損害賠償(総額約2489万円)の支払いを命じたのである。

この判決は、実質的な派遣労働者の過労自殺と企業の責任を認定する初めてのものとして、マスメディアでも注目された。ニコンとネクスターは判決の内容を不服として控訴した。
その後、東京高裁において審理がおこなわれ、2008年9月に結審、後は判決を待つ状態になっている。

「勇士が死んでから、始めのうちは泣き崩れていました。でも、あの子の死に顔を思い出すと、こんなことになるつもりで働いたんじゃなかったよね、と心のなかで語りかけていました。それまで健康で、将来の希望に燃えて働きだした息子が、なぜ自ら命を絶たなければならないほど追い詰められてしまったのだろう。その理由を私は明らかにしたいと思って、裁判を起こしたんです」

「そして、いかに酷い環境で働かされ、使い捨てにされたのかがわかりました。つらかったら逃げればよかったのに、というのは元気な人の発想です。本人は歯を食いしばって頑張ってしまう性格でした。もうその頑張りがきかないくらい疲弊してしまって、死へ逃れようと心が傾いたのだと思います」

のり子は、勇士が過労自殺するまで、派遣・請負労働の仕組みと実態について何も知らなかったという。
「ネクスターは勇士たち派遣社員を右から左に送り出すだけで、安全管理もできない会社でした。でも、毎月給料から3割も天引きしていました。寮といっても派遣社員が家賃を払っていたんです。人材は出し入れする物と同じような扱いです。
ニコンも勇士のように頑張る子をすり減るまで使うやり方をしていました。国際競争に勝つためには若者を安く使い捨てればいい、という大企業の発想は許せません」
「雇用の流動化が必要だと唱えて、労働法制の規制緩和を進める経営者や学者も、一度自分が不安定な非正規雇用の立場になって過酷な労働をしてみたらどうでしょうか。でも、そういう人たちは安定した身分を決して手放そうとはしません」

一つひとつ言葉を積み上げるように、のり子は語った。
「死は、取り返しがつかないものです。もう誰も勇士のような目にあって欲しくありません。派遣・請負という制度を根本から見直すことにつながるなら、勇士の死も無駄ではなかったと思います」
~つづく~ (文中敬称略)