先生の代わりを買って出たものの、ここまで見事に論破されるとは。
彼女が言っていることは、とっくの昔に私自身が直接取材をして、よく知っていることだった。娘から聞きたくても聞けなかった話を恩師に代わって引き出したわけだが、私が言い負かされた格好となって、何とも妙な気分だった。

先生も驚いて娘に訊いた。
「そうすると、南朝鮮から来た『義挙入北者』の連中までもが、ガソリンの商売をしているというのか?」
私も気になって、続けてヨンスンに訊いた。
「ヨンスン、その入北者の『クチ』は新義州なのかい? それとも......」

「さあ、ガソリン調達先は知らないわ。それは誰にも分からないんじゃない?」
さらにヨンスンは続けて母親に向かってやや抑えた声でこう言った。
「お母さん、変な話があるの。あの人たちにはちゃんとした奥さんがいるんだけど......、ほら、ああいう人には保衛部(情報機関)が奥さんをつけてくれるじゃない(南からの亡命者は多くの場合、半ば強制的に結婚させられる)。

なのに、商売を始めてからその人ったら、しょっちゅう若い女の子を連れてきては、奥さんがいる部屋で一緒に寝たりするらしいの。そんな噂があるのよ」
それを聞いた先生の奥さんは、一人前の大人である娘に向かって真顔でこう言った。

「噂っていうものは、噂話が好きな人たちが勝手に言いふらすものなのよ。そんなくだらない話は、口にするんじゃありません。わかった?」
「でも、それよりも不思議なのはね、他の人がそんなことしたら、みんな額に青筋立てて非難するじゃない?『まったく、あんなのは人間じゃない!』とかって。なのに、その人だけは、なんだか特別扱いなのよ。ただの笑い話で済ませてるの。『まあ、南の男ってのは、みんなあんなもんだ』ですって」

私は思わず大笑いしそうになるのを必死で堪えながら、さり気なく席を立った。そしてトイレに入り、中からしっかりと戸を閉めると、声が漏れないように片手で口を塞ぎ、もう一方の手でお腹を抱えて笑いに笑った。
なぜおかしかったのか? それは、ヨンスンの言うとおりだったからだ。

私がある「義挙入北者」について調べた時、周囲の人たちは確かにそのように言いあっていた
。私が中国で何度か会ったことのある韓国人も、もしかしてそういう人物なのだろうか? そんな疑問が、ふと脳裏をよぎった。
私はまだ、韓国のことをドラマを通してしか知らない。「共産主義者は自分の女房と他人の女房の区別がない」という反共産主義宣伝の内容が、「共産主義に恋した韓国」(二〇〇〇年以降の韓国社会の一部の左傾化を揶揄している)で現実化したということなのか? これを確認する術がないことが、私にはとても残念でならなかった。
(つづく)
資料提供 リャン・ギソク
二〇〇八年一月
(整理 チェ・ジニ)
注1 取引窓口のこと。隠語として日本語を使っている。

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