順川(スンチョン)ビナロン連合企業所潜入取材 1
取材・撮影 キム・ドンチョル
解説 石丸次郎
二〇〇九年七月取材

道路標識。上は「順川」、下は「ビナロン、肥料区域」の方向を指している。広大なコンビナートは生産工場によって区域に分けられているようだ。

道路標識。上は「順川」、下は「ビナロン、肥料区域」の方向を指している。広大なコンビナートは生産工場によって区域に分けられているようだ。

 

順川ビナロン連合企業所(注1)、通称「順川ビナロン」。
この北朝鮮最大の石炭化学コンビナートの名前を、北朝鮮人の大部分は、北朝鮮式社会主義の、民族自立経済路線の失敗の代名詞、象徴のように捉えている。

〈偉大なる首領〉金日成の命によって始まり、莫大な労力と資金を投入したこの大プロジェクトは、結局まともに稼動することもなく時間だけが過ぎ、国民に何の説明もないまま、ほとんど廃墟と化してしまったからだ。
「ぴくりと動きもしないうちに廃墟になった」
「畑になっている」

リムジンガンの内部記者たちだけでなく、北朝鮮からの越境者、脱北難民たちも「順川ビナロン」の末路を、このように伝える。だが、これまで私たち外部の者が見ることができたのは、八九年の完工前後に現地を案内された外国メディアの映像や、北朝鮮当局が官製メディアに流した写真や映像しかなかった。

九〇年代からたびたび順川市を訪れて現地の事情に詳しいキム・ドンチョル記者は「順川ビナロンの無残な姿こそが、今の北朝鮮の経済破綻を象徴している。世界の人に知ってもらいたい」と、二〇〇九年夏現地取材に赴いた。「順川ビナロンの現在」を世界で初めて撮影するのに成功したキム記者の渾身の取材をまとめた。
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