投石行為をしていなくても、銃弾が撃ちこまれる (08年 廣瀬和司 撮影)

■ 悪法が弾圧を支える
治安部隊がデモ隊に平気で発砲するのは治安部隊特権法(AFSPA)という法律がカシミールで施行されているからだ。
この法律は、カシミールやインド北東部等、分離独立運動を抱える騒乱地域と指定された地域で施行されている。
令状なしで逮捕できることや、兵士の起訴は内務省や国防省の承諾が必要なことが規定されている。つまり、カシミールで兵士が、市民を射殺しても罪を問われないのだ。事実、インドの他の地域ではデモなどがあっても実弾など打ち込むことなど、殆どない。カシミールだからこそ撃つのだ。
ちなみにAFSPAはローラット法(1919年、インド北部のアムリッツアルでイギリスが発令した治安法)を模倣したものである。
「これは差別だ。我われの闘いは、こうした不正義に対する闘いなんだ。でも、インド政府は我われを一人残さず殺そうとする」、と、友人の政治活動家は述べる。
オマル・アブドゥッラー州主席大臣は事態を収拾しようと、話し合いを呼びかけるのではなく、治安部隊の増派をインド政府に要請した。そのことに、人びとの失望は深い。

若者たちが、石を投げて抵抗する姿を見て、パレスチナのインティファーダに影響されている、と考える人もいる。だが、私の意見は違う。むしろ、人びとはインドの独立に、その姿を重ね合わせていると感じている。
「過酷な弾圧を長年受けても、インドだってイギリスから独立したじゃないか。歴史が証明したことを、なぜ、我われができないと思う?」。
人びとがそう考えている限り、力での弾圧は何の解決も生まない。

8月11日、インドのシン首相は「暴力を止めて話し合いを」と呼びかけた。しかし、シン首相は以前にも「人権侵害は許さない」と発言したが、なんの改善も見られないため、その言葉はまったく信用されていない。
カシミールの人びとの長年の苦しみは言葉だけでは変えられない。必要なのは、AFSPAの撤廃やインド、パキスタン、カシミールの3者で話し合う等、真の解決を目指す真摯な行動である。