インタビューをするノルベイ。彼が代表となり、ハンバロのラジオ局が運営されている。(2007年11月カウカ県トエス 撮影 柴田大輔)

 

◆ 第8回 先住民族ラジオ局

カウカには複数の先住民族によるコミュニティーラジオがある。そのひとつがナサ民族コミュニティーのハンバロで運営される「voces nuestra tierra (私達の大地の声)」だ。1998年に開設され、コミュニティーの若者たちによって活発に運営されている。

コロンビアの行政単位で市町村に当たるものがムニシピオ(municipio)だ。それとは別に先住民族テリトリーに割り当てられるものにレスグアルド(resguardo)がある。先住民族テリトリーがレスグアルドになるには一定の条件があるが、レスグアルドになることで、民族独自の法や規律による統治権が認められる。

また国から直接助成金が下りることも大きな事柄だ。
大抵は1つのムニシピオに複数のレスグアルド含まれている。しかし、ハンバロの場合、1つのムニシピオにひとつのレスグアルドという全国でもまれな形を持つ。そのため、地域独自の運営をしやすい環境にある。

しかし、ハンバロは以前「ソナ・ゲリージャ(ゲリラゾーン)」と呼ばれるほど、ゲリラの力の強い地域だった。2003年に警察の対ゲリラ部隊が駐留するまで、政府の影響力は届いていなかった。そのため、コミュニティー運営に干渉するゲリラを無視することができないでいた。

90年代初めに首長に就任したマルデン・べタンクールというナサの男性がいる。彼はハンバロがナサの領域だとして、ゲリラと距離を置きながら独自の政治を行っていった。その彼が立案したのが、このラジオ局だった。ナサによる意思決定を、自分たちの声で地域住民に伝えようとした。しかし、彼はその開設を待たずに1996年、ゲリラにより暗殺されてしまう。
現在、マルデンの意思を継ぐ若者たちが、ラジオ局で活躍している。

住民の生活状況を取材するファビアン。都市の大学でコミュニケーションを学ぶ彼は、毎週末帰省し、コミュニティーのために働いている。(2009年9月カウカ県ハンバロ 撮影 柴田大輔)

先住民族指導者へ取材するルイス。年長者の彼が若い人たちをまとめる。(2009年8月カウカ県カルドノ 撮影 柴田大輔)

 

マルデンが目指した、自分たちの事を自分たちの声で伝えるため、日々開かれるカビルド(コミュニティー評議会)の決定事項を放送し、国内のニュースを彼らの視点で解説をしている。
失われゆく言語・文化を伝えるための番組も設けられ、投書コーナーや電話相談、お笑いなど、多様な取り組みが行われている。

番組でパーソナリティーを務めるフアン。若い世代で消えていく民族の言葉を忘れないため、彼はお年寄りが語る「言葉」を集めている。(2009年8月カウカ県ハンバロ 撮影 柴田大輔)

 

最近では、都市の大学に通う若者が、学んだことを生かしコミュニティーやラジオ局のホームページを作成し、地域の外に向けても情報発信をするようになった。また、各家庭にまでネットが普及していないこの地域で、ネット環境の整うラジオ局は住民にとって、情報と接するための貴重な場所となっている。

各地の先住民族ラジオ局で働く人々が集まり講習会が開かれていた。(2009年カウカ県カルドノ 撮影 柴田大輔)

 

一人ひとりの思いが込められたラジオ局が、地域社会に一体感を生み出し、独立した社会運営に大きな役割を担っている。
(つづく)

大きな地図で見るコロンビア・エクアドル地図(Googleマップより)
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(注)コロンビアはいま

国土の南北をアンデス山脈が貫く。(2008年3月コロンビア・ボヤカ県・コクイ山 撮影 柴田大輔)

全国コロンビア先住民族組織(ONIC)の調査によると、コロンビアには102の先住民族集団が暮らしているといわれる。その人種、人々が暮らす風土の多様性は伝えられる事が少ない。

南米大陸の北西に位置するコロンビアは、日本の約3倍の国土に、コロンビア国家統計局2005年国勢調査によれば、4288万8592人が暮らしている。先住民族人口は全体の3.4パーセント、135万2625人だ。

南米大陸を縦断するアンデス山脈がコロンビアで3本に分かれる。人口の大部分がこのアンデス山脈に集中する。首都ボゴタは東アンデス山脈の標高2640メートルの盆地に位置する。

5つに大別される国土は、熱帯の太平洋岸、青い海とともに砂漠を見るカリブ海岸、万年雪をたたえるアンデス山脈、熱帯雨林のアマゾン地方、リャノ平原が広がるオリノコ地方、まさに地球の縮図のようだ。そして各地には、草花とともに多様な自然に適応した生活を築く民族が暮らす。

コロンビアでは建国以来、紛争が繰り返されてきた。19世紀に、中央集権主義者(保守党)と連邦主義者(自由党)の対立を内包しながらスペインから独立すると、その対立は次第に激化し、1889年から1902年にかけて10万人の死者を出す千日戦争へと続いていく。

1946年より始まる暴力の時代(la violencia)では、両党の対立により全国で20万人以上の死者が出たといわれる。キューバ革命の影響を受け、1960年代に農村で左翼ゲリラが形成される。
現在も続く紛争は、60年代に形成されたコロンビア革命軍(FARC)と国民解放軍(ELN)、80年代に大土地所有者ら寡頭勢力がゲリラから自衛のために組織した右派民兵組織(パラミリタール)、政府軍が複雑に絡み合う。
1990年代に入ると、武装組織が麻薬を資金源とするようになり、生産地となる農村が武装組織の間に立たされることになっていく。

また、1999年に当時のパストラーナ政権により、国内復興開発を目的に策定されたプラン・コロンビアは、実質的には麻薬・ゲリラ撲滅を推進し、米国より多額の援助を受け現在も引き継がれている。
こうした紛争、暴力により、日本UNHCR協会ニュースレター「with you」2007年第1号のデータでは、300万人以上ともいわれる国内避難民、50万の難民を出し、先住民族社会もその影響を受け続けている。
(柴田大輔)


【柴田大輔 プロフィール】
フォトジャーナリスト1980年茨城県生まれ。
中南米を旅し、2006年よりコロンビア南部に暮らす先住民族の取材を始める。
現在は、コロンビア、エクアドル、ペルーで、先住民族や難民となった人々の日常・社会活動を取材し続ける。

【連載】コロンビア 先住民族(全13回)一覧